カルテ102 白亜の建物 その5

「も、申し訳ありません……しかし、整合性の取れた嘘をつくというのは意外に難しいものですな」


 ダオニールが顔をしかめながらブツブツと謝罪する。


「あの子結構勘が鋭いので、私もいつも騙したり誤魔化したり出来ないんですよ。それに、以前薬草師やライドラースの神官様にも診て貰ったけれど、皆お手上げだったので、絶望した彼女は固く心を閉ざしてしまい、大好きだった母が生前話してくれた白亜の建物しか自分を救ってくれないと思い込んでしまっているんです」


 フィズリンが遠い目をしながらため息をつく。


「そういうことでしたか……じゃあ、ここにあのホンダイーンが出現してくれれば全ては問題解決ですね!」


「それこそ無理な相談よ、ダオニール」


「えっ、どうしてですか、ルセフィさん?」


「口伝をよく思い出しなさい。『ただし、それは汝が生涯に一度きりなり』でしょ? この場にかつて白亜の建物に遭遇した者が四人もいるのよ。あの吹雪の時も、生前建物を訪れたお父様が自殺なさった後でなければ建物は現れなかったじゃない」


 ルセフィが理路整然と説明し、一同は山荘の記憶を脳裏に蘇らせ、納得した。


「ですが、我々がここを出発すればいいのでは?」


「それでもお姉さんのフィズリンさんがお家にいる限りはどうしようもないわよ。病気の妹さんを置いて何処かに行けるわけ?」


「うーん……」


 なおも食い下がる老執事だったが、賢い少女にやり込められ、押し黙った。


「大丈夫! 僕に素晴らしいアイデアがあるよ!」


 突如傍らから噴水のように湧き上がった明るい声に皆仰天し、ベッドを振り返った。


「テレミン、起きてたの!? まだ寝てなきゃダメでしょ!」


「ダオニールさんの採ってきてくれた薬草のおかげでだいぶ楽になったよ。で、さっきから話を聞いていたけれど、要はフィズリンさんの病気の妹さんが、白亜の建物のお医者さんに会ったと思い込んでくれればいいわけでしょ、本当かどうかはともかくとして」


「そ、そうか! さすがは悪魔的頭脳の持ち主のテレミンさんですね!」


 少年の次に勘の冴えるダオニールがポンと手を叩く。


「あ、私もわかっちゃったかも。その手があったか……」


 ルセフィもうんうんと頷いて、瞳を輝かせる。


「ど、どういうことですか、皆さん!? 私だけ仲間外れにしないでくださいよー!」


 フィズリンが今にも泣き出しそうな顔で声を上げる。


「つまり、ここにいる四人でお芝居をするんですよ、フィズリンさん」


「お芝居!? 私劇なんて村祭りでしか観たことないですよ! 無理無理無理!」


「大丈夫大丈夫、僕が脚本を書きますから。演目は、そう……『白亜の建物』!」



 翌日、ルセフィと、まだ風邪気味のテレミンは、日中もずっと客室にこもったままであり、調子の悪いバイエッタも自室から外に出ず過ごしていたが、ダオニールは一人で何処かに出かけ、昼食時にも帰ってこなかった。夕食になんとか間に合い急いで席に座った彼に対し、「どちらに行っておられたのですか?」とバナン氏がエールを口にしながら問うた。


「いやなに、テレミンさんのために、もう少しカシアの若枝を採ったり、長旅に必要になりそうな他の薬草を探していたんですよ。フィズリンさんに篭を貸していただいて非常に助かりました」


「そうでしたか、しかしこの辺りの植物は季節外れの雪でだいぶやられてしまいましてね、あまり満足にはなかったのではありませんかな?」


「おっしゃる通り、寒さに弱いものはほとんど見つけられなかったですね。私、鼻が利く方なので探すのは得意なんですが……」


「農作物は無事なのですか、バナンさん?」


 日没後の夕食にのみ食卓に姿を現したルセフィが、心配そうな様子で口を挟む。ちなみにテレミンとバイエッタは相変わらず部屋から降りて来ず、後食卓にいるのは無言のままルセフィを睨みつけるアルトと、忙しそうに皆の給餌をしているフィズリンだけだった。


「確かに結構畑も被害を受けて、困っているところですよ。餌を求めて里山まで山犬たちが降りてきていますし、このままだと、税すら納められるかどうか……」


 陰鬱な顔で、ため息を吐くバナンに対し、「大丈夫よお父さん、バルトレックス男爵様はそこらへんの事情をよーっくわかっておられるし、何とかしてくださるわ!」とフィズリンが真夏のヒマワリのごとく明るく話しかけた。


「そうですよ御主人、あまり気を病まれないでください。ところで話は変わりますが、ちょっとお頼みしたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 食事に一切手をつけていないルセフィが、バナンに尋ねる。


「はぁ、どういったご用件ですか?」


「誠にすいませんが、もしあれば、赤と白と黒の染料や、羊の毛を少しいただけたら嬉しいのですが……」


「染料と毛ですか? 羊の毛はありますが、染料はさすがにないですね……村の染物屋に行けば多少は譲ってくれるかもしれませんけれど、一体、何故?」


「いえいえ、お世話になったお礼に、面白いものをご家族にお見せしたいと思いましてですね。ですから詳細は秘密ですわ」


 怪訝そうなバナンに対し、ルセフィは悪戯っぽく微笑んだ。

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