カルテ174 伝説の魔女と辛子の魔竜(前編) その7
「私も詳しいことはよくわかりませんが、エナデールさんは魔女の追っかけ弟子だそうで、護符師としては大した力は持っていないとのことですが、生来不思議な力を有しており、何度も魔女を助けて来たそうです。慈悲深く優しい方でして、邪竜に壊滅近く追いやられたこの寒村の復興に力を貸したいと自ら仰られて、現在村の近辺の森の中にある一軒家に一人きりで住んでおられます。畑仕事の応援に駆けつけてくれたり、子供たちの世話をしてくれたり、時々こうやって獲物を捕って来ては村人たちに配るなど、色々と手助けして下さっています」
村長は、まるで聖人を崇めるが如く、エナデールという女性について語った。
「へぇ、いい人じゃないか。この前村に来たときは会わなかったが、是非お近づきになりたいものだな」
「ダイフェン、浮気は許さないニャ!」
「バカだな、純粋な好奇心からだよ。サーガの題材を提供してくれるかもしれないだろうが」
客人の中で一人酔っぱらっている吟遊詩人は、嫉妬妄想に狂う鬼嫁を軽くいなす。
「……他にはどんなことをして下さっているんですか?」
心の動揺を押し隠しながら、エリザスは何食わぬ顔で会話に参加した。
「はい、実はうちの息子は、ライドラースの神官にも匙を投げられた謎の病気を患っているのですが、現在定期的に彼女の家に通って治療をしてもらっているんですよ」
「ほ、本当ですか!? 凄いですね……」
想像の斜め上の答えに、エリザスは再び目を仰天させた。つくづく念のため抗不安薬を事前に飲んでおいて良かったと思いながら。
「ほう、それは興味深いのう。まるで白亜の建物の医者ではないか」
さっそく追加の肉に舌鼓を打つ、遠慮というものをあまり知りそうにないドワーフが、魔女に匹敵する伝説の存在の名をげっぷとともに口から吐き出す。
「そうそう、実はその白亜の建物に、息子も診ていただいたことが一度だけあるんですよ。でも、病名はわかるが簡単には治せないと言われ、最後の望みの綱を絶たれて落胆していたところ、ちょうどその場にいたエナデールさんが、村に残って治療に当たるとおっしゃって……」
「「「「えええええええっ!?」」」」
四人の食事の手が止まり、再び声が合唱隊のごとく揃う。
「あ、あの、白亜の建物ですら治せんかった奇病を治療しているんじゃと!?」
「本当に何者なんだニャ、そのスーパーウーマンは……!?」
「さすが伝説の魔女の弟子だけはあるな。マジでサーガにしたいくらいだぜ……」
「……」
またもや皆が思い思いの感想を口にする中、ただ一人、エリザスのみが口を閉ざしたまま、隣のドワーフの皿をじっと凝視していた。
「ん、どうしたんじゃ、お嬢ちゃん、悪いがそんなに見つめてもわけてはやらんぞ。追加が欲しけりゃ村長さんに頼んどくれ」
エリザスの熱視線に気づいたバレリンが、せっかくの飯を石化されてはたまらんとばかりに皿をごつい手で隠す真似をする。
「違うわよ、バカね。しかしこれはどうやら、そのお弟子さんとやらを訪ねてみる必要がありそうね」
エリザスは誰も聞き取れないほどの衣擦れよりも微かな音量で囁くと、目にも止まらぬ素早さで右手のフォークを走らせ、ドワーフの分厚い手掌の城壁を掻い潜って、外側のこんがりと焼けた一切れの肉をいつの間にか奪い取っていた。
「あっ、こりゃ、何をする!? 返さんかいっ!」
「フフ……」
銀色に鈍く光る彼女のフォークの先に、百舌の早贄のごとく突き刺さっているピンク色の肉片には、彼女にしか気づかないほどの絹糸よりも細い一本の銀色の毛髪が絡みついていた。
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