カルテ151 運命神のお告げ所(前編) その4

「ご依頼の件、確かに承りました。しかし、ご存知かとは思いますが、当お告げ所は現在予約者でいっぱいで、かなり長い間待っていただかねばなりません。それでもよろしいですか?」


 神域の巫女の一切の情を感じさせない冷然とした声が深山に無情にも響く。


「構いません、その覚悟で参りました。共の者たちも皆同じ気持ちです」


 普段よりも幾分相貌の青白さを増したルセフィは、ソフィアに負けじと超然とした態度で答えた。


(そこまで決意表明した覚えはないんだけどな……ま、いっか。それよりとっとと受付を終わらせておしっこがしたいいいいいい!)


 いつもなら即突っ込むテレミンも、場の雰囲気と強烈な尿意のため、無言のまま成り行きを見守るのみだった。


「では、ただ今予約の番号札をお渡しします。ルセフィさん、どうぞお受け取りください」


 巫女はサラサラした服のたもとをまさぐると、白い小さな木札を手渡した。そこには二ケタの数字が刻まれていた。


「75ってことは……えええええええっ!?」


 それまで外見を取り繕っていたルセフィも、つい驚きの声をあげ、木札をマジマジと見つめなおした。


「はい、ルセフィさんは75番目、すなわちおよそ二か月半後となります。それも、毎晩月が出たとしての話ですが」


 氷の彫像のような巫女の声は、吹き付ける山風よりも容赦なく胸に突き刺さる。


「ちょ、ちょっとさすがに待ち過ぎじゃない? もうちょっと早くならないの? 旅銀もそんなに潤沢なわけじゃないのよ」


 知らず知らず声のトーンが高くなるルセフィに対して、巫女は相変わらずどこ吹く風といった様子だ。


「先ほど待てるかと尋ねたとき、『構いません、その覚悟で参りました』と仰ったばかりではないですか。失礼ながら、その程度の期間が待てないようであれば、とてもご自身の運命とは対峙できませんよ。『日々切磋琢磨し、己を超克した者こそ、真に運命神は恩寵を賜れ、その時こそその者は運命の鎖から解き放たれるであろう』と、我が神も宣っておられます」


「うぐぅ……」


「だ、大丈夫ですよ、ルセフィさん、お金の件なら気にしないで下さい! また、カミナリ鳥とか捕ってきますよ!」


「そうだよ、ルセフィ、二か月半なんてあっという間さ!」


「きっと待ってる間にキャンセルの人が出ますから、それほど長くかかりませんって!」


 完全に巫女にやり込められ傷心気味のルセフィを、ダオニール、テレミン、フィズリンはそれぞれ励ますも、一旦落ち込んだリーダーの気分は穴の開いた樽の如く、なかなか再浮上しなかった。


「それよりこんなところさっさと済ませて早くトイレに行きましょうよ……グボァっ!」


「それにしてもソフィアさんの体臭にはお香の良い匂いの他に、何とも神々しい不思議な匂いが混ざっていますね。非常に興味深い……ゲボァっ!」


 ルセフィに慰めの言葉をかけているうちに、つい口が明後日の方向に滑って妄言を吐いてしまった野郎ども二人に、フィズリンが肘鉄を食らわせ黙らせる。


「確かに予約解除される方がおられれば順位は早まりますし、極稀にですが、カルフィーナ様が、これはと認められた方を優先的に選ばれる場合もありますので、どうか気落ちされず、簡易宿泊所にてお待ちください」


 ソフィアは鉄面皮のまま手短に一行の泊まる場所を告げると、用は済んだとばかりにくるりと向きを変え、建物の中に消えようとした……が、


「ええええええええっ!? カー様ぁ、急に話しかけないでくださいよぉっ、今仕事中なんですからぁっ!」


 突如、彼女の口調が激変し、黄色い声で叫び出したので、文字通りその場の空気が凍り付いた。

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