第49話 ダブルデート イン 小日向家!?
思いがけずして小日向の母親に挨拶することになってしまった。
いつかは顔を合わせる機会がありそうだなぁ――とぼんやり頭の隅で思っていたけれど、まさかこのタイミングで訪れるとは予想していなかった。
まぁどのタイミングでその機会がやってきたとしても、結局俺は緊張することになっただろうけど……ひとつだけ気がかりなのが、小日向、冴島、静香さん、そして母親と女性四人を前にして、俺がまともな状態でいられるかということだ。
そもそも、俺たちが小日向家に行くことになったのは、静香さんからチャットで「勉強するなら土日はうちにおいでよ! ママも智樹くんに挨拶したいって言ってるし」と俺に連絡してきたことが発端である。
静香さんも当然実家暮らしだから家にいるだろうし、おそらく二人並んで俺と話すこともあるだろう。静香さんは俺の事情を知っているから、それとなく配慮してくれたら助かるんだがなぁ。少なくとも、同級生の二人は気にかけてくれそうだけど。
俺の女性への苦手意識は、小日向や冴島、そして複数の男友達のおかげで治りつつあるとはいえ、完治しているわけではない。
景一と二人で並んで小日向家を目指しながら、俺は「小日向に情けない姿は見せたくないなぁ」と考えていた。
「いらっしゃーい! あなたが智樹くん、そして景一くんね! ささっ、上がって上がって。野乃ちゃんはもう来てるわよ」
呼び鈴を鳴らすなり、小日向母が玄関から飛び出して俺たちに声をかけてきた。インターホンの意味よ。
そして、小日向レベルとは言わないが、小日向母もまたちっちゃかった。見た感じ150センチはないような身長で、小日向の身長が遺伝であることが窺える外見をしていた。
しかし小日向とは違って、ニッコニコである。それはもうニッコニッコしていた。半分ぐらい小日向に分けてあげたらちょうどいい具合になりそうである。
勢いに少し気圧されそうになったが、相手が一人なのでわりと平気だ。以前の俺ならばすでに鳥肌が立っていたことだろう。
「唐草景一です。お若いっすね!」
「初めまして、杉野智樹です」
と、景一がやや軽い挨拶を、そして俺が無難な挨拶をしていると、小日向母のすぐ後ろから白いパーカー姿の小日向が駆け寄ってきて、母親の腰辺りをポスポスと叩いている。
どこか不満げな表情に見えるが――なぜだろう? 自分がお出迎えしたかったとかだろうか? というかあのパーカー、俺が四人で遊ぶときに着ていったやつと一緒な気がするんだが……胸のロゴ一緒だし。
もし今日俺が着ていたらペアルックになっていたところだ。危ない。
「おはよう小日向」
はたしてあのパーカーは、俺と小日向、どちらが先に購入したのかという問題に関してはとりあえず気にしないようにして、目が合った彼女に俺は挨拶をした。
すると小日向は飼い主に呼ばれた犬のごとく、テテテと俺の元へと駆け寄ってくる。そして彼女は、俺の両手の人差し指をそれぞれギュッと握り――予想通り、俺の胸に頭をぽすっと頭突きして……ぐりぐりぐりぐりと頭をこすりつけてきた。
か、可愛いんだけど――こ、こここれはさすがに気まずいぞ。
この場所が室外だということはまだいいけど、さすがに母親の前でこれはまずいのではなかろうか。緊張のあまり顔が引きつってしまい、耳も急激に熱くなる。しかしこの状況を解決する行動をとることはできなかった。
「あらあらあらあらあら――」
小日向母は俺たちを見て、頬に手を当ててからうっとりした表情を浮かべる。あらあら言ってないで助けてください。ワタシハイマトテモハズカシイ。
「智樹――まさか小日向のお母さんを相手に仲良しマウント取ろうとしてる?」
「俺はなにもしてないんだが!? 見てりゃわかるだろうがっ!」
ぼそぼそと俺の耳元で声を掛けてきた景一に、俺はそんなツッコみをするのだった。
俺に対しては過度とも言えるスキンシップで挨拶をした小日向だったが、景一には軽く手を上げて『よっ』という感じだった。なんか思春期の男同士の挨拶みたいだな。偏見だけども。
で、小日向母と小日向に案内されて俺たちが向かったのは、二階にあると思われる小日向の自室――ではなく、八枚の畳が敷き詰められた一階の客間だった。ちょっと小日向の部屋を見てみたかった気もするから、少し残念である。
彼氏でもない男を部屋に入れるのに抵抗があるのかもしれないし、仕方ないか。
「二人ともハロー! 先にお邪魔してるよーっ!」
部屋に入ると、中央にある大きな木製のローテーブルですでに冴島が勉強を開始していた。行儀の良い座り方をした状態で、こちらに向かって大きく手を振っている。広げている教科書を見ると、どうやら英語の勉強をしていたようだ。だから普段言わない「ハロー」なんて挨拶をしてきたのか。
静香さんは現在いないようだし、小日向母は俺たちを案内するなり「お勉強頑張ってねー」と退出していったので、俺は人知れずほっと胸をなでおろしていた。
「おはよう冴島。いつ来たんだ?」
「三十分前ぐらいかなぁ? 早く目が覚めて暇だったから来ちゃった!」
「はははっ、なんか冴島らしいなぁ――そういえば前髪上げているの珍しいな、雰囲気違って新鮮だ」
「えへへー、これは勉強モードなのですよ」
景一と冴島が笑顔でそんな会話をしている。
なんだかこの二人を見ていると『リア充』という単語が思い浮かんできてしまうんだよなぁ。なぜだろうか? キラキラしている感じがあるからか? わからんな。
まぁそれはいいとして、今日の本題はあくまで試験勉強である。
間違ってもダブルデートイン小日向家とかではない。
小日向は家の中に入った今も俺の小指をニギニギしているが、これはたぶん手が暇だから無意識にニギニギしているだけなのだ。恋愛感情からくるものではない。だから意識してしまってはダメなのだ。
「勉強頑張らなくちゃな」
頭の中の煩悩を振り払うように俺がそう呟くと、小日向が俺のすぐ隣でコクコクと頷く。
休日の午前中からこうして集まって勉強をしようというのだから、それなりの成果はだしておきたいところだ。
今日と明日は朝から夜まで勉強漬け――なにごともなく終わればいいのだが、小日向のお母さんとはまた話すことになりそうだし、静香さんとはまだ顔を合わせてない。
なんだか、また予期せぬことが起こりそうな――そんな気がするんだよなぁ。
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