第110話 出し物決めと前後の席



 小日向に良く話しかけている女子――鳴海の行動によって、俺は前から二番目の席から後ろから二番目の席へと移動することになった。しかも前は小日向、後ろに景一という何の不満もない席である。ありがてぇ。


 鳴海は鳴海で、仲の良い黒崎と前後になったようだったから、俺もそこまで罪悪感を覚えずに済んだのだけど、なんだか周囲の視線が温かい。


 普通なら「お前だけずるい」とか「くじの意味ないじゃん」とか、ヤジが飛んできそうなものだけど、ただひたすらにぽわぽわとした視線が送られてくる。


 その理由はおそらく――というかほぼ確実に、


「めちゃくちゃニコニコしてんな、お前」


 天使が笑っているからだろう。


「…………(コクコク!)」


 新しい席に移動したところ、小日向が後ろを振り返って満面の笑みを向けてきた。

というか机を動かしている時点からずっとこちらを見ながらふすふすしていたので、周りのクラスメイトが彼女にぶつからないように配慮してくれていた。


 彼女はそのことに気付いていないようだったので、俺が代わりに「悪いな」と謝罪したところ、「気にすんな」や「ちゃんと授業受けろよー」などなど、笑って返答してくれる人ばかりであった。女子はともかく、男子とは仲良くやれていると思っていたので一安心である。


「今から授業してもどうせ集中できないだろうから、文化祭の出し物決めちゃいましょうか」


 松井先生は用済みのくじ引きボックスを教卓から下ろすと、わいわいと話している俺たち全員に聞き取れるよう、大きめの声で話し始めた。


「みんな二年生だからもう知っていると思うけど、我が校の文化祭は先輩方のおかげで予算が大きいですからね。結構色々できると思うから、頑張っちゃいましょう! 学年一位になればトロフィーもありますよ」


 どうやら先生も生徒同様に張り切っているようだ。もしかしたら担当するクラスが一位になったら先生にも何か還元があったりするのかもしれない。詳しい事は知らないけど。


「なんにする?」


 俺の肩をトントンと叩きながら景一が問いかけてきたので、俺は窓に背を向ける形で横を向いた。


「うーん。プラネタリウムとかお化け屋敷とか、そういうのでもいいと思うけど一位を狙うなら模擬店じゃないか? たしか順位決めるのって人気投票と売り上げだろ?」


「そうそう。それぞれの順位の合計」


 残念ながら文化祭の売り上げは学生の手元に入ってくることはなく、来年の文化祭の予算へと当てられる。先生が『先輩方のおかげ』といったのは、そういう理由だ。


 学校から各クラスに支給されるお金の他、売り上げが発生する出し物の場合は生徒からも最大千円徴収可能であり、そのお金はクラスの利益から優先的に返還される仕組みになっている。


「小日向はどうしたい?」


『模擬店!』


 ふすーと息を吐きながら、小日向はノートにでかでかと書かれた文字を見せてくる。大きめのエクスクラメーションマークが彼女の気合を示しているようだった。


 どうやら小日向は模擬店がやりたいようだ。料理が苦手な俺としては面倒な調理とかがなければ全然構わない。ちなみに焼きそばやたこ焼きは面倒な部類だ。


 学生が模擬店でやっていい内容は元々限られているし、その中で稼ぎやすく簡単で売れそうなモノとなると――、


「まぁポテトと唐揚げ、それにプラスアルファぐらいがいいんじゃないかな」


「その辺りは鉄板だよな。たぶん揚げれば揚げるだけ売れる。競合次第ではあるけどな」


 俺たちがそんな会話をしていると、隣にいる男子生徒や近くの女子生徒たちも「大量に仕入れたら材料費も安くなりそうだよね」と賛同の意見を示してくれた。


 その他にも「唐揚げは冷凍ならオッケーだっけ?」とか「食べ歩きしやすいように、焼き鳥とか入れるような紙を用意したら?」などなど、水の波紋が広がるかのように、模擬店の内容を決める話し合いが、俺たちから教室の端まで伝播していく。


「はいはーい! そこで話し合っていてもみんなに伝わらないから、ちゃんとこっちに言ってねー!」


 学生の中だけで行われる話し合いに痺れを切らしたのか、先生が声をあげる。すみませんでした。


 結局、模擬店以外に魅力的な提案もなかったので、俺たちの文化祭の出し物は模擬店に決定したのだった。小日向が楽しそうなので、俺からは何の不満もない。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 小日向と前後の席になったため、授業中――俺の網膜には常に彼女の後頭部が映し出されていた。いつもは彼女を後ろから抱きかかえるような位置だから、この距離感はわりと新鮮だったりする。


 色素が若干抜けたような髪色に、頭を包み込むようなショートボブの髪型。窓から吹き込む風が、そんな小日向の髪を揺らしている。


 後姿でも可愛いと思ってしまうのは、惚れてしまっているからだろうなぁ。


 そんなことを思いながらぼうっと小日向の髪やうなじを眺めていると、先生が板書している隙に小日向がサッと後ろを振り向いて、小さな紙切れを俺の机に置いた。そしてすぐさま前を向く。


 なんだろうかこれは――なにか書いているんだろうけど。

 俺は周囲に不自然に思われないよう、首を傾げるのを堪えつつ、四つ折りにされた小さな紙を広げてみる。するとそこには、


『智樹の視線を感じるから勉強できない』


 などと書かれていた。

 さっきまでノートに落書きしていたやつが何を言ってやがる。ちゃんと見てたんだからな。


「都合のいい言い訳をするなバカたれ。ちゃんと授業を聞きなさい」


 俺は小声でツッコみを入れつつ、小日向の頭をぺチッと叩く。すると彼女は頭を擦りながらこちらを振り向いて「へへへ」とでも言いたげな笑みを見せた。


「そういう智樹もノート書いてないけどな」


 背後から、ぼそりとそんな呟きが聞こえてくる。

 はい、どうもすみませんでした。



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