第111話 大事なイベントが残っている



 まだ夏の暑さは残っているものの、暦上は九月となった。


 クラスのみんなもそれはまだ感じているようで、クーラーがきいた教室内にもかかわらず「今日も熱々だなぁ」とか「溶けてしまいそう」などと言っている。なんだかチラチラとこっちを見ている気がするけど、たぶん窓の外に目を向けているのだと思う。俺と小日向が他者から見て『熱々』でないことを祈るばかりだ。


 閑話休題。


 文化祭については出し物も実行委員も決定(高田と鳴海が立候補した)して、あとは詳細を詰めていく感じなのだが、文化祭より前に大事なイベントがある。


 夏休みは別荘に行くという大きなイベントがあったけど、俺の住む地域では秋になったにも関わらず、まだ大事な夏らしいイベントを消化し終えていない。そう……花火大会だ。


「今年は九月十八日の日曜日だろ? たぶん行くだろうなと思ってバイトは休みにしておいた」


 昼休み。


 一学期は中庭で弁当を食べていたけれど、席替えによって俺たちの席が固まったことから、教室で食べてもいいのでは? ということになった。俺や景一の隣のクラスメイトはそれぞれ他の場所で食事をしているらしいので、その空席を冴島が使用している状況である。


「さっすがーっ! じゃあみんなで行けるね! 景一くんも用事入れないようにしてくれてるし、明日香も大丈夫だよね?」


「…………(コクコク!)」


 どうやら俺以外のメンバーも問題ないらしい。

 しかし……俺と小日向はともかく、景一たちはカップルなのだから二人きりになりたいとは思わないのだろうか? せっかくの花火大会なのに。


 その疑問をやんわりとオブラートに包みながら問いかけてみると、景一が「智樹がバイトしている時はだいたい二人だから」と説明してくれた。


 なるほど。景一のモデルの仕事は俺が働いているような喫茶店と違って、長時間拘束されるようなものじゃないからな。基本的に休日は遊び放題なわけか。


「ねー明日香、今年は浴衣着ない? 去年の花火大会は結局着なかったじゃん」


「…………(コクコク)」


 小日向は冴島の問いかけに頷いたのち、俺に目を向ける。そして弁当と箸を机に置き、首を傾げながら俺の肩をツンツンと突いてきた。


 クラスの所々で何かが噴き出すような音が聞こえたけど、なんだか聞き慣れてしまったのでスルー。廊下から聞こえてくる「会長―!」「副会長―!」という叫び声ももちろんスルー。


「俺? んー……浴衣はないけど甚平なら持っているから、それなら着ていけるぞ。景一もまだ捨てたりしていないよな?」


 去年の夏はこの甚平を着て、薫や優を含む四人でこの花火大会に繰り出していた。冴島と小日向が花火大会に来ていたというなら、もしかしてどこかですれ違ったりしていたかもしれないな。


「おう、あるぜ。まぁもしサイズが合わなくなっていたら買い替えるさ」


「そんな急激に身長は伸びてないし大丈夫だろ」


「それもそうかー」


 俺も景一も数センチ身長が伸びてはいるけど、着ている服が入らなくなるレベルの成長ではない。来年になればどうなるかはわからないけども。


 しかし小日向の浴衣姿か……絶対可愛いじゃないか。高級な一眼レフを準備する必要があるかもしれない。


「というか俺たちは構わないけど、智樹たちこそ二人じゃなくていいの?」


「んー、俺たちは毎週のように泊まって二人になっているし――って、お前たちと違って俺たちはカップルじゃないんだが。何自然と誘導してんだよバカたれ」


 危ない。なんだか会話の流れで景一たちと同じような立場で話すところだった。俺と小日向はただのクラスメイト――とはもうさすがに言えないけれど、少なくとも恋人ではない。


 俺の言葉を受けて、景一と冴島は可笑しそうに笑っている。

 そして件の天使はというと、ふすーと息を吐いてから俺にスマホを見せつけてくる。


『やぶさかではない』


「…………何がだよ」


 ぺちっと頭を叩くと、小日向はえへえへと笑う。


 カップルに見られていることを喜んでいるのか、それともカップルになることを肯定しているのか……いや、勉強嫌いの小日向のことだから、本来の意味である『喜んで~する』という意味でなく、よくある誤用の『仕方なく~する』という意味で捉えている可能性もある。


 まぁどちらにせよ、彼女の反応を見る限り悪い意味で使ったわけじゃないだろう。


 なんとなく負けた気分になったので、両手で小日向の頬をムニムニさせてもらうことに。その体勢のまま、俺は景一たちと話を再開した。


「あそこの花火大会は帰りのバスが込むから、早めに切り上げるのも一つの手だぞ。俺のマンションのベランダからも花火は見えるから、早めに屋台を回って、家で花火を見るのもありだな」


「あー……たしかに。私と明日香も去年は帰りのバスに乗るまで一時間ぐらい待ったもんねぇ」


「そもそも智樹は人混みが苦手だしな」


 さすが景一。よくわかっていらっしゃる。

「別に我慢できないってわけじゃないから、その場で花火を見たいってなら構わないぞ。花火大会は来週末だから、前日までには決めておこうか」


 それでいいか? と問いかけると、景一カップルはそれぞれ了承の返事をしてくれる。そして俺の相方はというと、


「…………」


 とても可愛らしい顔をしていた。

 ムニムニと好きなように頬を弄られながらも、特に振り払うそぶりも見せずにされるがままになっている。俺と目が合うと、へへへ――と笑った。あまりの可愛さについ頭を撫でると、さらに蕩けた表情を見せる。


 花火大会の次の日は敬老の日で学校は休みだし……二日連続にはなるが泊まることを打診してみようかな。

 



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