第112話 ※注 付き合ってません



 九月十日、土曜日。


 俺は普段通り、昼から夜まで喫茶店『憩い』にて働き、明日の日曜も特に用事はないので、一人暮らしの学生らしく勤務予定である。まぁ学生とはいっても俺は大学生ではなく高校生なので、一人暮らし自体があまり一般的ではないかもしれないが。


 それはさておき、週末といえばお泊まりである。


 これまたいつも通り、小日向が俺の住むマンションに泊まりにやってくるわけなのだけど、今日は少しだけ普段の週末とは違ったことがある。


 夏休みの宿題をめげずに頑張ったご褒美として、小日向に対しちょっとしたサプライズをバイト前に用意しておいたのだ。いい子いい子してあげなければならないのだ。


 マンション前の道路で、送迎担当の静香さんと軽く話をしてから、俺と小日向は手を繋いでエレベーターに乗る。

 小日向は扉が閉まるとすぐ、俺の胸に頭をこすりつけてきた。


「はいはい、今は二人だけだからお好きにどうぞ」


 苦笑しながらそう言うと、小日向はぐりぐりしながらふすふす。なかなかに気合の入った頭突きである。久しぶりに再会した愛犬とのじゃれ合いを彷彿とさせるような雰囲気だ。


 小日向は犬でもなければ、久しぶりの再会でもないのだけど。



 俺の家に着くと、小日向はまず外着から部屋着に着替えてリラックスモードに移行する。

 もちろん紳士な俺は小日向のお着替えシーンは覗いていない。もはや彼女の着替えを覗いても本気で怒られるようなことはなさそうだけど、きちんと線引きはしておくべきだろう。毎回悶々としてしまうけれど。


 さて、普段ならばこれから軽い飲み物とお菓子を用意して、ゲームなりテレビを見たりするところなのだが――、


「小日向はそこで座って待ってていいぞ」


 一緒に飲み物を運んでくれようとしていた小日向をリビングに留めて、俺はひとり冷蔵庫へと向かう。不思議そうに首を傾げていたから、俺がサプライズを用意しているということは気付いていないだろうな。


「ささっとやろう」


 せっかく泊まりに来たのに一人の時間を過ごさせるのも申し訳ないので、俺はテキパキと冷蔵庫からティラミスとショートケーキを取りだし、形が崩れないよう慎重にお皿に乗せる。


 そう、今回のサプライズはご褒美のケーキだ。


 以前彼女が喫茶店に来たときはパフェを注文していたし、甘いものが嫌いというわけでもあるまい。


 ケーキを二つ準備したのは、ひとりで食べるより二人で食べたほうが気を遣わないだろうし、万が一嫌いなケーキだった時に交換ができるからだ。


 俺はトレーにケーキとオレンジジュースを乗せてから、落っことさないよう慎重にリビングへと運ぶ。こちらに気付いた小日向は、キョトンとした表情を浮かべていた。


「ほーら、夏休み勉強頑張ったご褒美だぞ~」


 そう言いながら俺はトレーをテーブルにおき、コップやお皿を小日向の前に並べていく。


 で、唐突にケーキを持ってこられた小日向はというと、目を見開き、可愛らしくぱちぱちと瞬きしながら俺とケーキを交互に見ていた。


「好みがわからなかったからな、イチゴショートでもティラミスでも、好きなケーキを選んでいいぞ。片方は俺のだけどな。――あ、というかお腹に余裕あるか? もし入らなかったら、明日でもいいけど」


 俺がそう言うと、小日向は勢いよく顔をぶんぶんと横に振る。どうやら食べることはできるようだ。


「さっきも言ったけど、小日向が勉強頑張ったご褒美だ。こういうお祝いみたいなことしたことなかったし、たまにはな」


 口ではこんなことを言っているが、たぶん俺はたぶん小日向に何かをしてあげたい欲求があったのだと思う。おばあちゃんが子供にアメをあげたくなる心理に似ているかもしれない。


 ほんの少し照れくさい気持ちもあったので、早口になりながら小日向に説明をすると、彼女は「おぉ~」という雰囲気で口を丸く開けて、ぱちぱちと手を叩く。可愛すぎかよ。


 それから予想通りというか願い通りというか……小日向は横に腰を下ろした俺に抱き着いてきた。スリスリも忘れない。


「どういたしまして」


 おそらく『ありがとう』の意思表示だろうなと判断し、俺は頭を撫でながらそう口にする。

 俺の言葉を聞いた小日向は、こちらを見上げてえへへ――と笑った。そしてそのまま、流れるように俺の頬に唇を押し付けてくる。


「…………キスにためらいが無くなってきたよな、お前」


 まぁお泊まりするたびに、おはようとおやすみのキスをしていればこうもなるか。

 それに対し、毎度毎度顔が熱くなってしまう俺はどうなんだ。成長が見られないぞ。


「ちょっとは小日向も照れてくれよ」


 彼女は顔を赤くすることなく、ニマニマとした表情を浮かべるだけだったので、俺はついそんな苦言を漏らす。


 すると彼女は、自分の頬を人差し指でペチペチと叩いた。照れさせたいならそっちからもキスをしろ――ってことだろう。……望むところだ。


「――。これさ、結局俺も恥ずかしいんだけど……」


 口づけをして、小日向の頬から顔を遠ざけると、彼女はたしかに顔を赤くしていた。しかし攻めたはずの俺は先ほどキスをされた時以上に火照ってしまっている。

 これじゃただ小日向を道連れにしただけなのでは?


 そんな疑問を抱かずにはいられない。まぁ、幸せではあるのだけども。


 ちなみに、小日向はどちらのケーキも食べたそうだったので、俺たちは二人で仲良くケーキを半分ずつ食べましたとさ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る