第109話 新学期と席替え(出来レース)



「杉野って小日向と付き合ってないってマジ?」


 夏休みが終わり、始業式の翌日。

 去年から同じ教室で勉学に励んでいる高田が、疑うような視線を俺に向けながら声を掛けてきた。隣には別の男子も二人付いて来ていて、興味津々といった雰囲気である。


 現在は一限目と二限目の休憩時間で、小日向も俺と同様に女子に囲まれている模様。いつも通り鳴海と黒崎の二人だな。


 こうして高田が疑問を投げかけてきたのは、おそらく昨日と今日、手を繋いだままクラスまで登校したことが原因だと思う。他にも色々と要因はありそうだが、数え出したらキリがなさそうなので思考を放棄した。


「質問の仕方がおかしい。普通こういう時って『付き合ってるってマジ?』じゃないか? まぁ俺と小日向はそういう関係じゃないけどさ」


 俺が小さく嘆息しながら返答すると、野次馬精神旺盛な男子三人衆はそれぞれ「マジかよ」「うそだろ」「滅びろ」などと言っている。


「でもさー、ぶっちゃけ杉野たちのどっちかにパートナーができてる絵がまったく想像できないんだよね。もう他の人が立ち入る隙ないじゃん。四六時中一緒にいるしさ」


「そんなことないぞ。現に今だって離れた場所にいるじゃないか」


「三メートルも離れてないし――それにさっきから小日向、女子の話を無視してこっちチラチラ見ているみたいだけど」


 もちろん小日向の視線には気付いているとも。俺もまた小日向の方をチラチラと見ていたからな。時々目が合うから楽しい。小日向も俺と視線が合うと楽しそうに表情をほころばせている。


「「はうぅっ」」


 その笑顔を見てクラスメイトの二人がダメージを負っていた。鳴海と黒崎、なんだか会長や副会長を彷彿とさせる雰囲気があるな……KCCに入れる才能がありそうだ。むしろ既に会員だったとしても不思議はない。


「小日向って、よく笑うようになったよなー」


「あれは可愛い」


「妹に欲しい」


 小日向を含む女子三人を見ていた高田たちが、それぞれ感想を漏らす。気持ちはわかるけど小日向は渡さんぞ。……別に彼氏ではないからそんなこと言う権利はないのだけども。


「智樹たちの仲を裂こうとするなよー」


 机に肘を突いて俺たちのやりとりをぼうっと見ていた景一が、苦笑しながらそんなことを言う。いいぞ、もっと言ってやれ――と思ったのだが、高田たちの反応見るに心配をする必要はなさそうだ。男子三人は揃って勢いよく首を横に振りはじめたのだ。


「そんなことしたら〇される」


「このクラスにだって奴らのスパイがいるらしいぞ」


「俺はまだ死にたくない」


 さきほどまでの軽い雰囲気はいったいどこへいったのか。顔を青くさせながら三人は必死に否定をしている。


 ――KCC、おそるべし。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 二限目、予定通りならば二年C組の担任を務める松井先生による日本史の授業があるはずだったのだが、新学期が始まったということで、席替えをすることになった。


 仲の良い景一と隣かつ最後尾――この席はかなり気に入っていたのだが、仕方ない。


「目が悪い人以外でくじ引きねー! 先生、バッチリ作ってきましたよ!」


 じゃーん! と口から効果音を出しつつ、松井先生が色紙でデコレーションされた箱を頭上に掲げる。言動が先生というよりは生徒に近い感じだ。


 松井先生はまだ二十四、五才の若い女性の先生で、生徒との距離も年齢も近く、親しみやすい部類の教師である。見た目も麗しくしっかりとした性格で、生徒たちからの人気も高い。


 俺がまだ一年の頃、松井先生は俺が女性を苦手としていることや陰口を言われていることをどこからか嗅ぎつけてきて、廊下ですれ違ったりすると「何かあったら相談してね」と声を掛けてくれていた。まぁ何が言いたいかというと、彼女は優しい教師だということだ。


 閑話休題。


 松井先生が黒板に机を示すマス目を書いていき、その中に数字をランダムで記入していく。この数字とくじの数字が一致する場所が、新たな席ということだ。


 廊下側の人からくじ引きが始まったので、俺や小日向よりも先に景一の席が確定する。


「へへっ、良い席引いたぜ」


 どうやら景一は、校庭側の最奥の席を引いた模様。


「よし、俺のと交換するか」


「智樹まだ引いてすらないじゃん! 嫌だよ!」


 ダメだった。


 そんなふざけたやりとりをしていると、あっという間に俺の番になった。教卓に向かって歩くついでに、小日向が引いたくじを確認してみると――、


「ほう、悪くないんじゃないか?」


「…………(コクコク)」


 小日向の席は景一と同じく校庭側の席で、後ろから三番目。景一の二つ前の席だった。

 これはもう、俺が引くべき席は一択のみだろ。小日向の後ろで、景一の前――そこしかありえない!


「はい杉野くんどうぞ」


 松井先生はそう言って、俺にくじ引きの箱を差し出してくる。俺が箱に手を突っ込むと、彼女は耳元で「小日向さんの近くになれるといいね」などと言ってきた。

本当にこの人は生徒のことをよく見てるなぁ。


「どこだった?」


 俺が箱から一枚の折りたたまれた紙を取り出すと、松井先生が聞いてくる。

 先生は他の生徒とこんなやりとりしてなかったと思うんだが……なぜ俺だけ? まぁ一年の頃から気にかけてくれていたから、その名残かな?


「……廊下側の、前から二番目ですね」


 ひどいくじ運だった。運命の神様、仕事してくださいよ。


「……ふむふむ、なるほどね」


 親指と人差し指でピストルの形を作った松井先生は、それを顎に当てて何かを考えている模様。意気消沈する俺に掛ける言葉を模索いるのかもしれない。


「まぁしょうがないですよ。三学期に期待します」


 俺はそう言い残してから、自分の席に戻っていった。そのついでに小日向に自分の席を教えると、彼女はあからさまに拗ねた表情に。唇を尖らせて不満を顔全体で表現している。とても可愛い。あまりの可愛さにクラスメイトがざわつくレベルだった。


 景一にはドンマイと慰められ、憐みの目で俺を見ながら「交換しようか?」とも言ってくれたけど、さすがに席の価値が違い過ぎるので辞退した。


 それから五分と少しの時間が経過して、ようやく全員がくじを引き終える。

 喜ぶ者や不満を言う者、反応は様々だ。


 することもないのでみんなのくじ引きの様子を見ていたのだけど、先生は鳴海や黒崎を含むクラスの女子の半数にも、俺と同じようにくじの中身を確認しているようだった。

 鳴海の時にいたっては、二人でこっそり親指を立て合っていたようだけれど、あれはいったいなんだったんだろうか。


 そんな疑問を抱きながら、先生が机の移動を開始する号令をかけるのを待っていると、


「先生―すみません! ウチ、そこまで目は悪くないんですけど、後ろから二番目だと厳しいかもしれないんで、前の方の人と変わっても良いですかー?」


 鳴海が手を上げて、そんなことを言い始めた。それを聞いた後方の席に行きたい一部の生徒たちが、「俺(私)と変わろう」と一斉に声を挙げる。


 しかし、松井先生はその声を無視して、


「いいですよー。ではルミナ――じゃなくて鳴海さんは杉野くんの席と交換しましょうか」


「わかりました!」


 有無を言わさず、なぜか俺の席と交換することに決定していた。

 しかも先生が俺の名前を出した瞬間、声を挙げていた生徒たちが一斉に黙ったのだ。そして全員が全員、孫を見るおばあちゃんのような優しい笑みで俺を見てくる。なんだその温かい目は。


「良かったな智樹」


 隣でクツクツと笑っている景一。

 まるで俺の席がどこになったのか、確信しているような笑い方だった。



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