第210話 智樹の方が可愛い




 学校が終わってから、俺と小日向は寄り道することなく真っ直ぐにマンションへと向かった。景一と冴島はケーキ屋さんで注文していた物を受け取ってから俺の住むマンションへとやってくる予定である。


 二人だけに行かせるのも忍びないと思うのだけど、親父からのプレゼントが夕方に届くらしいので、入れ違いになってはマズいから俺と小日向だけ先に帰宅したというわけだ。


 そしてその俺が下した決断は正しく、家に到着して五分もしない間に親父からのプレゼントが入っているであろう段ボールが届いた。


「結構重いな……何だと思う?」


『ダンベル』


「安直な発想だなぁ……だけど誕生日プレゼントにダンベルなんて送るか普通? 俺、別に筋トレが趣味でもないんだけど」


 まぁそれでも、もしプレゼントとしてダンベルが送られてきたのなら、これを機に筋トレを初めても良いかもしれないな。体育の授業ぐらいしかまともに運動をしていないし。


 そんなことを考えながら、ガムテープを剥がして段ボールを開封してみると――、


「あぁ! はいはいはい! なるほど、これかぁ! こりゃ間違いなく景一を使ったな親父」


 段ボールの中に入っていたのは、俺がちょうど気になっていた漫画の全巻のセットだった。二週間ほど前に景一とその漫画の話をしていた時、「読みたいけど、今から全巻揃えたら金がかかりすぎる」ということを俺は言っていた。それを景一が俺の親父に伝えたのだろう。


「小日向はこれ読んだことある?」


「…………(ブンブン)」


「そっか。これ俺は面白いと思うんだけど……女子からしたらどうなんだろう? まぁ俺の部屋に置いとくから、もし気になったら好きに読んでいいから」


 漫画の内容はコメディチックな異世界漫画である。かなり人気なシリーズだから、女子でも読む人がいると思うけど、はたして小日向の琴線に触れるかどうか……。


『面白そう。智樹と読みたい』


 そんな俺の心配をかき消すかのように、小日向はふすふすと鼻を鳴らしながら本の背表紙を眺めている。嘘の付けない性格だからこそ、彼女のこういう行動を見ると「本当に読みたそうだな」と思える。途中で寝てしまったらそれはそれで可愛いと思うので、暇なときに二人で見てみるとしよう。せっかくだから、それまでは俺も見ないでおこうかな。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 親父から送られてきた本を本棚に収納して、段ボールを片付け終えたところで景一たちが家にやってきた。仲睦まじくお祭り気分な二人からケーキを受け取り、それはいったん冷蔵庫へ。食器の準備やらゲームの準備やらを全員で分担して行い、学校で終礼間際に注文したピザを待つこと十五分ほど――届けられたピザをこたつの中央に置けば、パーティの準備完了である。


 ちなみに現在こたつは九十度回転させ、短辺をテレビに向けるような形にしている。部屋の間取り的に通行の邪魔にはなってしまうけど、今日は無礼講ということでゲームをしながら食事をする予定だし、どうせなら俺と小日向、景一と冴島が隣合っていたほうがお互い楽しいだろうからな。


「よし! じゃあさっそくハッピーバースデーの歌を歌おうか」


「いやいや、いつもそんなことやってないだろうが」


 冴島が小日向と一緒になって、ウキウキしながらケーキにろうそくを立てているなか、景一がニヤニヤしながら言ってきたので、俺は即座にツッコみを入れる。


 しかしよくよく考えるとつい先週小日向の家で歌ったばかりだ。『そんなこと』なんて言うのは失言だったかもしれない。


「歌わないの?」と言いたげな視線が右隣から突き刺さったので、俺は「恥ずかしいんだよ」と頬を掻きながら正直な気持ちを伝える。人の誕生日で歌うのならば別にいいんだけど、自分に向けて歌われるとこそばゆくて仕方がない。


 これまでの人生を振り返ったらたしかに歌われた経験はあるのだけど、それは今よりももっと小さなころの話だし、基本的に男たちからのものだ。例外で言えば叔母の朱音さんぐらいか。


『歌う』


「小日向が? 別に無理しなくていいんだぞ?」


『みんなで一緒に歌うから平気』


 ふんすーと張り切った様子の小日向。

 ここまで言わせてしまったら、今までの経験からして彼女はもう止まらないだろう。無理やりとめたら間違いなくしょんぼりしてしまう。


 幸いというかなんというか、俺の周囲の人間はこういったことでからかったりしなさそうだし……でもまぁ、来年の景一の誕生日は盛大に歌ってやろうと今決めた。


 あ、そういえば。


「ちなみに冴島は景一の誕生日のとき歌ったのか?」


「うん! もちろん! ちなみに景一くんはめちゃくちゃ恥ずかしそうにしてました~。普段はキリッとした男子が照れてる姿って可愛いよねぇ」


「可愛いとか言うなって……」


「ほらほら~見て杉野くん! 可愛いでしょ!」


 からかいモードになってしまった冴島が、ここぞとばかりに景一をいじる。相手が男子だったら景一もやり返していたような気もするが、相手が女子であるためか眉をハの字に曲げてしまっている。現在進行形で頬を人差し指で突かれていて大変面白い。


「可愛いぞ景一」


「……マジで覚えとけよ智樹」


『智樹の方が可愛い』


「対抗しなくていいんだよ小日向……」



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