第211話 刺繍入り



「「「――ハッピバースデートゥーユー……」」」


 部屋の明かりは景一の手によって消灯され、ゆらゆらしたろうそくの炎だけが俺たち四人を照らしている。


 ケーキに立つろうそくは全部で十七本。


 わざわざ年齢通りの本数を用意せずとも、今時数字の形をしたろうそくだってあるだろうに……まぁこちらのほうが豪華に見えないこともないし、小日向の時も同じだったから特になにも言うまい。


 ほんのり甘い匂いが室内に充満するなか、これまた甘い音色が俺の右耳から聞こえてくる。普段なかなか聞くことができないからこそ、小日向の声には付加価値があるというものだ。三人で歌っているが、きちんとそれぞれに特徴があるから聞き分けることができた。


 歌い終わりと同時に、俺は慣例に習ってろうそくの火を一息で吹き消す。


「「おめでとーう!」」


 部屋の明かりが灯され、冴島と景一がクラッカーを鳴らす。小日向も口にはしなかったもののクラッカーを鳴らしてからぱちぱちと手を叩いていた。


「どうもどうも……みんな俺のためにわざわざありがとうな。嬉しいよ」


 正直に感謝の言葉を口にするのは恥ずかしかったけど、小日向のようにスマホで言葉を伝えるのは性にあっていないので、照れる気持ちを抑えて三人に伝える。


 冴島と景一はそれぞれ「どういたしまして!」だの「智樹の貴重な感謝シーン」だの言っており、小日向は俺に背を向けてごそごそと何かをしている様子。


 ――これはついに、アレだろうか? 彼女が『頑張った』だの自らネタバレしていた、プレゼントだろうか? 楽しみすぎて仕方がない。小日向のお歌の録音を会長に販売したらいくらで買い取るのかぐらい気になる。


 やがてこちらを向いた小日向の手には、濃いグレーの布袋に金色のリボンがあしらわれたプレゼントと思しき物体が載せられていた。何より目を引くのが、布袋のど真ん中に張り付けられたメッセージカード。そこにはでかでかと『智樹おめでとう』と小日向の丸っこい字で書かれている。


 ふすふすしている小日向からプレゼントを受け取った俺は、とりあえず彼女に「ありがとう」とお礼を言う。頭突きぐりぐりされたので、プレゼントを左手に持ち右手で彼女の頭を撫でた。中身は軽い物だな……布系だろうか?


「はいはいどうどう……さっそくだけど、気になって仕方ないから開けてもいい?」


「…………(コクコク)」


 頷き、グリグリを止めた小日向は俺の顔を観察するためか、俺の身体から離れてふすふすしながらジッとこちらを見てくる。リアクションを見たいんだろうなぁ……可愛い。


 そんなわけで、俺は小日向を含む三人に見守られながら、プレゼントを開封――丁寧に梱包を解くと、中から現れたのはワインカラーの長いマフラーだった。


 特に柄があるわけでもなくシンプルで、落ち着いた色だからどんな服にも合わせやすそうな感じである。しかし生地の綿密さから見て明らかに既製品なのだけど……あれ、小日向は何を『頑張った』のだろうか?


「あー! なるほどなるほど、これか!」


 隅から隅まで観察してみると、マフラーの端っこに五百円玉ぐらいのクマさんの刺繍を見つけた。その右下には大文字のTの字がこれまた刺繍されてあり、おそらく『智樹』のTだと思われる。


 たぶん俺がキャラクターものとかをあまり身に着けたりしないから、あまり目立たないような色合いで、かつ小さく作ったのだろう。まぁこれぐらいなら別に普段使いにしても気にならない――というか小日向がわざわざ作ってくれたのだから、気になったとしても身に着けるけども。


「小日向、手先も器用なんだなぁ」


 そう呟きながら、小日向お手製の刺繍の部分を指でなぞる。ほんの僅かな凹凸感から、手作りの温かさが感じられた。指先から伝わる感触を堪能していると、横からふすふすした小日向がクマさん刺繍があるほうとは反対側の端を手にとって、俺に見せつけてくる。


 そこには、うさぎの刺繍とAの文字があった。

 彼女は俺にその部分を見せつけたのち、自分の首にマフラーを巻く。そして、すぐさま俺にもマフラーを巻き付けてきた。


「まさか……二人で巻く感じですか?」


『家の中だけでもいい』


「それは暑くないか?」


『暖房きる』


「そこまでして巻きたいかね……別に外でもいいよ。ただ、危なそうな時は外すけど、それには文句を言うんじゃないぞ?」


『いいの?』


「……いいよ。せっかく小日向が作ってくれたんだし、二人で付けられるんなら俺もそうしたいからな。恥ずかしいのは……なんかもう慣れた」


 どうせカップルコンテストでは殿堂入りしているし、修学旅行の写真では特設コーナーを作られているんだ。手を繋ぐのももはや日常的だし、いまさらマフラーを共有していたところで違和感もなにもあるまい。


『授業中は?』


「それはさすがに無理があるだろ……俺が後ろに体重掛けたらお前の首が締まる」


『智樹の膝の上で授業受けるしかない』


「そうはならんだろ」


 クラスメイトや景一たちから「早く付き合えよ」と言われなくなったのは、たぶんもうそういうのを通り過ぎちゃったからなんだろうなぁ。

 

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