第212話 智樹に温めてもらう
誕生日を境にして、俺は小日向と一緒に登校することになった。いつもひとりでの登校だったから俺のほうは別にいいのだけど、小日向と登校していた冴島が寂しい思いをしてしまう。その旨を小日向に説明してみると、どうやら冴島は景一と一緒に登校するらしい。いつもバスで学校付近までやってくる景一だが、冴島と一緒に学校へ行くため、途中で下車して冴島を迎えに行くとのことだ。
ここぞとばかりに目いっぱいからかってやりたいところだが、ことの発端に俺と小日向のことがあるので止めた。墓穴は掘ってやらないぞ。
そんなわけで、俺はいつもより早く家を出て小日向の家まで迎えに行った。家を出るときにチャットで連絡していたから、バタバタさせてしまうようなこともないだろう。
マンションのエントランスを出て、仕事に向かうであろう車を横目に見ながら学校まで続く舗装された道を歩く。
ツンとする冷たい空気は鼻から肺へと流れて身体を内側から冷やすばかりでなく、ポケットに突っ込んだ手をも攻撃してくる。カイロ、そろそろ買っておこうかなぁ。
「しかし久しぶりにマフラーを巻いたが、こんなに温かかったか? 長いからかもしれんが」
ぽふぽふと首に巻かれたワインカラーのマフラーを叩いて、その柔らかさと機能性を再認識する。二つに折ってから首に巻いているため、俺の右肩からウサギとクマの刺繍が並んでぶら下がっていた。特に羞恥心はない。
小日向の家に近づいたところで、同じマンションに住む女性――おそらく三十代の主婦――と出くわした。見慣れたビニール袋を手に提げているから、おそらくコンビニ帰りなのだろう。
「おはようございます」
目が合ったので、取り敢えず無難な朝の挨拶を交わす。社交辞令のように相手も軽い挨拶をして終わりだろう――と俺は安易に考えていたのだけど、
「おはよう――あら、そのマフラーは彼女さんからのプレゼント? とっても似合ってるわ」
「あ、あぁ、どうもありがとうございます。誕生日に貰いました」
しかしなぜプレゼントとわかったのか。小声で「お互いのイニシャルまで入れてるのね」なんて言っているけど、なぜ理解されてしまったのか。
第六感が「これ以上はイケナイ」と叫んでいる気がしたので、俺は『彼女』と呼ばれたことについて特に言及することもなく、その場を立ち去るべく足を動かす。
「そ、そのマフラー、きっと二人で巻くのよね? あの、もしよかったら二人で仲良く巻いている写真を一枚だけ――「学校行ってきます!」――あら、いつの間にか愛の結晶が」
話している途中で鼻から血を流し始めたマンションの住人――あの人はKCCの一員だと認識しておくことにしよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
スマホを使って到着した旨を伝えようとしたのだけど、送信ボタンを押すより前に制服姿の小日向が玄関から現れた。足音でも聞こえたのだろうか?
彼女は俺がプレゼントしたイヤーマフと手袋はきっちり装着しており、五段ほどの階段をテテテテテと素早く駆け下りてくる。そして、俺の元に辿り着くなりマフラーをポフポフと叩いてきた。
「おはよ小日向。これ、想像以上にあったかいぞ」
『愛情パワー』
「……クリスマス前だけどそういうこと言うのアリなの?」
『許して』
「許す許さないの問題でもない気がするが――まぁ見なかったことにしておこうか」
「…………(コクコク)」
ふんふんと鼻を鳴らしながら頷いた小日向は俺の左側に立つと、右の小指を握って――離して、普通に手を繋いで――離して、最終的にいわゆる恋人繋ぎと呼ばれる、指を絡ませた繋ぎ方をすることにしたようだ。
「どんなつなぎ方でも構わないけど、スマホ打つ時は立ち止まるように。片手での操作も落っことしたらいけないからダメだからな? オッケー?」
「…………(コクコク)」
俺の保護者のような注意喚起に、小日向はどや顔で頷く。空いているほうの手で、ニョキっと親指を立てることも忘れない。その後、正面に素早く移動した彼女は、挨拶のようにグリグリと俺の胸に頭突きをして、手を離してからスマホをポチポチ。
『私もマフラー巻く あとおはようのちゅー』
至近距離からジッとこちらを見上げるような形で、小日向がそんな文面の書かれたスマホを見せつけてくる。最近暴走が顕著だなぁこの子は。
「……まず大前提としてここは外だ。そしてアレは目覚めた時にするもんだ。そしてマフラーは恥ずかしい」
『周りに人いない いま目覚めた それ二人用』
まるで俺がそう反論することをわかっていたように、小日向は素早くスマホの入力を済ませ、見せつけてくる。というかいま目覚めたってなんだ。
しかし……どうしようかこの状況。
小日向の言う通りいま現在周囲に人影はないし、このままでは伝家の宝刀である『智樹、なんでもするって言った』を使われて俺が負ける未来しか見えない。
せめて妥協点を探ろう――そう思っていると、小日向がぐいっと俺の右腕を下に引っ張ってくる。そして俺の身体が傾いたすきに、小日向が俺の頬に軽い口づけをした。三回。
「あ、あのなぁ……」
ひとりで歩いていたときとは比べものにならない熱量が俺の顔から感じられる。あぁ、ぜったい俺の顔はいま真っ赤になってるんだろうな……どうか小日向以外には見られませんように。
そんなことを考えている間にも、小日向はせっせと手を動かして俺のマフラーを回収。有無を言わさない素早さで、自分と俺にマフラーを巻き付けてみせた。もはや職人技である。
「……俺の負けだよ。だけど、こっちがクマじゃないのか?」
俺の右肩にぶら下がるマフラーには、ウサギの刺繍とAの文字。小日向のほうにはクマの刺繍とTの文字。
いや待てよ……そういえば以前にも似たようなことがあった気が――
『智樹に温めてもらう』
そうだった――彼女は平然とそういうことをいう子だった……。
~~本編裏話~~
小日向さんは智樹君から家を出るというチャットを受け取ってから
ずっと窓に張り付いてふすふすしながら到着を待ってました。
迎えに来てくれるのがよほどうれしかったのでしょうねぇ( *´艸`)
※追記
次回更新は1月4日となります。
詳細は近況ノートに書いております!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます