第98話 小日向は世界一



 軽い昼食をとったあとは、さっそく海に行くことになった。


 女性陣は着替えや日焼け止めを塗るのに時間が掛かるようなので、俺、景一、赤桐さん、親父の四人だけで先に海岸へとやってきた。親父は短パンと半そで、そしてサングラスを身に着けており、俺を含む残りの三人は水着状態だ。


 別荘から海までの道のりは、家を出てから一分ほど平坦な道を歩き、木製の階段を下るだけ。たぶん合計しても三分は経っていないぐらいだ。ここに住むとなると海風とかがきつそうだけど、たまに泊まりにくるのなら絶好の立地だろう。


 砂浜に降り立って左右を見渡してみると、かなり長い距離までこのなだらかなビーチが続いていることが確認できた。人の姿は無く、本当に貸切状態である。


 というか砂が熱い。サンダルを履いているというのに、じわじわと熱気が足の裏に伝わってきているんだが。


「お金払ってもなかなかこういうところはこれないんじゃないか?」


「だなぁ。赤桐さんに感謝だ」


 俺と景一はクーラーボックスを肩に掛け、両手にビニール袋を下げた状態でぼんやりと穏やかな海を眺める。ちなみに赤桐さんと親父はビーチパラソルと簡易テーブルの設置中だ。


 それにしても今日はいい天気だ。


 風も強くないから波もあまりない。浅瀬で泳ぐなら何も心配はいらないだろう。

今年は外で遊ぶ機会があまりなかったし、この三日で一気に日焼けしてしまいそうだ。


 しかし日焼けか……皮が剥がれるのも辛いので、俺も日焼け止めを塗ったほうがいいだろうか――そんなことを考えていると、親父から声が掛かる。


「おーい智樹、景一くん。荷物こっちに置きな」


「了解」


「うーっす! 親父さん赤桐さん設置ありがとうございます!」


「ははは、こういうのは慣れているからね。こちらこそ重い荷物持ってもらってありがとう」


 それから四人で軽く談笑しつつ、荷物の整理等を行っていると、ついに女性陣がビーチに姿を現した。男共とは違った、高く明るい声が聞こえてくる。


「うわっ! 砂熱いっ! そして海の匂いっ! 景色もすごいっ!」


「二人とも転ばないようにねぇ。下手すると火傷しちゃうかも」


「…………(コクコク)」


 まず一番に目に入ったのは、先頭を歩く静香さん。まぁなんとなく予想は付いていたけれど、そのプロポーションを遺憾なく発揮するビキニ姿だった。ちなみに色は上下ともに白。赤桐さんをチラっと見てみると、苦笑しながらもやや顔を赤く染めていた。からかいたい気持ちがふつふつと湧いてきたが、我慢した。


 で、その後ろを並んで歩いているが小日向と冴島。


 小日向が着ているのは以前俺と一緒に買いにいった水着――セパレートタイプの、ライムグリーンのものだ。試着室で一度見ているはずなのだが、実際に海で着ているとまた印象が違ってくる。ただただ天使。


 相方の冴島はというと、下はデニムのショートパンツみたいな水着で、上は静香さんが身に着けているものと形は一緒、柄は白と水色の水玉模様だ。


 小日向に出会う前――女性を苦手としていた頃の俺でも、今の冴島を見たらつい目で追ってしまっていたかもしれない。容姿も良ければ性格も明るく、スタイルも良い。彼女は「景一と釣り合わないかも」みたいなことを前に言っていたが、よくよく考えるとお似合いなのではなかろうか。


 などと考えつつも、俺の視線は小日向の覚束ない足取りにそそがれている。


 現在彼女は誰とも手を繋いでいない状態で、左手には小さな紙袋、そして右手には膨らませた浮輪を持っている。たぶん紙袋にはスマホや日焼け止めとかを入れているのだろう。


 テコテコとこちらに歩いて来る小日向が、二十メートルほどまでに迫ると、俺はモヤモヤした気分に耐えられず、小走りで彼女に駆け寄っていった。


「ほら、荷物は俺が持つから」


 俺はそう言いながら、半ば奪うように小日向から浮輪を預かる。そして紙袋も持とうと思ったのだが、彼女は俺が伸ばした手を握った。手というか、小指なんだけども。


「いや、その状態で転ばれたら俺の小指が大変なことになるぞ」


 苦笑いを浮かべてそう言うと、小日向は「たしかに!」といった様子で頷く。普通に手を握ってくれた。小日向の小さな手では握りづらいかもしれないが、足下の悪い砂浜の上では我慢してほしい。


 で、間近で俺と小日向のやりとりを見ていた女性陣二人はというと、


「あーあー、智樹くんと違ってどこかの誰かさんは何もしてくれないのかなー」


「私もうっかり転んじゃうかもしれないなぁ」


 敢えて聞こえるような大声で、そんなことを言い始めた。それを聞いた恋人たちは焦った様子でこちらに駆けよってくる。


「ぼ、僕は君の水着姿に見惚れていたからね。景一くんもそうだろう?」


「そ、そうっすね。……本当に似合ってると思う」


 男性陣たちの言い訳っぽい言葉に、女性陣二人はニヤニヤと楽しそうにしている。

 赤桐さんはわからないけど、景一のあの反応は本当に冴島を褒めているんだろうな。なんだか景一にしては珍しく緊張しているみたいで面白い。ムービーで撮って薫たちに送りたかったところだ。


 景一と赤桐さんが色々な言葉を使って恋人の水着を褒めているのを見て笑っていると、小日向が俺の手をクイクイと引っ張ってくる。


「もちろん小日向も可愛いよ」


 少し恥ずかしく思いながらも、俺は小日向の水着姿を褒める。ありきたりな言葉で申し訳ないなぁと思っていると、小日向はスマホをポチポチ。


『どれぐらい?』


 まさかの深堀してきやがった。

 たしかに平凡な言葉で悪いとは思っていたけどさ、女子と関わりあいがほとんどなかった俺に上手い褒め言葉を求められても困ってしまうんだが。


 それにしても『どれぐらい』ときたか。何かと比較する――いや、他の女子と比較するのはNGだろう。「冴島より可愛いよ」などと言うのは冴島に失礼だし、小日向がそれを聞いて喜ぶとも思わない。あと景一が怒りそう。


 しかし「すごく」とか「めちゃくちゃ」というのも、小日向が求めている答えとは違う気がするのだ。


 そんなわけで、俺は他のメンバーに聞かれないよう小日向の耳元でこっそりと、


「世界一だな」


 そんな思わず震えてしまうほどに恥ずかしい言葉を、彼女に投げかけたのだった。

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る