第99話 海で遊ぶ
それからひとしきり水着の感想を全員で言い合ったあと、親父監督のもとストレッチを行い、「深いところまで行かない」とか「声が届かないような遠くに行かない」などの注意事項を確認したのち、俺たちは海に向かって行った。
まず保護者役であるという静香さんが、サッカーボールほどのサイズのピンクのボールを片手に砂を巻き上げるような全力スピードで走り、その後ろを慌てた様子で赤桐さんが追いかける。その後ろから景一と冴島も続いた。
「俺たちも行くか。小日向は泳げるんだったよな?」
「…………(コクコク)」
「だよな。いちおう俺もそれなりに泳げるから、お互い溺れたら助けあうことにしよう。まぁ浅瀬しか行くつもりはないけど」
海は綺麗に透き通っており、パッと見た感じいきなり深くなっていそうな場所はない。たぶん小学生とかが遊んでも危険はあまりないと思われる。このような海岸が間近にある別荘となると、付加価値もかなりありそうだな。
「おぉ……日が照っているとはいえやっぱり冷たいな」
小日向と二人で並んで歩き、すね辺りまで海に浸かるような場所まで進む。水が綺麗だから突起物を踏んだりする心配がないのはいいな。安心して歩ける。
といいつつも、俺は自分の足元は見ずに小日向の方ばかり見ているのだけど。
「おーいお二人さん! いくよーっ!」
声のする方角に目を向けると、ボールが宙を舞っていた。というかこっちに向かってきている。
「『いくよ』じゃなくて『いったよ』だろ――っ!」
飛んでくるボールの場所を推測しつつ、全員の位置を把握するべく辺りを見渡す――いやいや間に合わないだろ! 急すぎるわっ!
これは打ち返すのではなくキャッチするほうが無難――必死に頭を働かせた結果その結論に辿り着いたのだけど、その努力をあざ笑うかのように小日向は俺より一歩前に出て、バレーのレシーブをするように両手でボールを打ち返す。
そのボールはベインッという柔らかい音を立て、放物線を描きながら吸い込まれるように冴島の手元まで飛んでいった。
「明日香上手―っ!」
「すげぇな小日向! 智樹を見てみなっ! 唖然としてるぞっ!」
いやそりゃびっくりもするだろ。やっぱり小日向って俺より遥かに運動神経いいよな……見た目からはまったく想像できないが。
俺が打ち返したならたぶん誰の手元にも向かわなかっただろうなぁと考えていると、小日向がこちらを見上げてふすふす。褒めて欲しいのか。
気を抜けば胸元やおへそ、その他あまり見てはいけないような場所に目が向かってしまいそうだが、それは気合で堪えて小日向の顔を見る。それから頭を撫でつつ、俺の理性が崩壊しないよう忠告しておくことにした。
「水着姿の時は色々と遠慮してくれよ? 小日向はあまり意識したことないかもしれないが、俺はいちおう男なんだからな?」
暗に『抱き着かれたらやばい』ということを伝えると、小日向は口元に手を当ててニヤニヤする。表情が出てくるのは非常に良い事なのだけど、俺は思わず顔を引きつらせてしまった。小日向の次の行動が、予想できてしまったから。
「――やめろって、言っただろうがぁっ」
案の定、小日向は自らの身体の感触を俺に伝えることを主な目的としたような、きつめの抱擁をしてくる。肌と肌の接触はもちろん、普段はぼんやりとしか伝わらないような様々な部位の柔らかさが、はっきりとわかってしまう。
「はいアウトはいアウト! いますぐ離してください! 離せと言ってるだろうがこのアホ天使っ! わかった、わかりました! 部屋では俺を好きにして良いので今は勘弁してください! お願いします!」
小日向を引きはがしながら必死に説得すると、彼女は満足したようなほくほく顔を浮かべて俺から離れる。なんだか肌がつやつやしているような気がした。
思わずむっとした視線を小日向に向けていると――、
「あぁっ! 明日香ちゃんそっちに――」
小日向の頭上に、真っ直ぐボールが落ちてきた。ピンクのボールは小日向の頭の上でバウンドして、すっぽりと俺の手元に収まる。突然のことに小日向は驚き目を丸くしていた。
ボールを打った赤桐さんは「ごめんねーっ!」と謝っているのだが、当人は何の反応も示さない。
「て、天罰が下ったな――ぶふっ」
そして俺はというと、腹を抱えて笑っていた。
普通、あそこまで綺麗にバウンドはしないだろ――ボールが落ちてきた時、身体全体が弾むようになっていたし……頭を使ってレシーブをしたとでもいうのだろうか。
「ナイスレシーブだな小日向――ふっ、くくく――ほれ景一いくぞーっ!」
「オーライオーライ~ってどこ飛ばしてんだよ!」
「すまん! 悪気はない! 走ってくれ!」
本当に悪気はないんだよ景一……恨むなら俺の微妙なコントロールを恨んでくれ。
水を掻き分けながらぐいぐいと進んでいく景一を見て笑っていると、小日向がこちらをジッと見ていることに気付く。さきほど俺が浮かべていたようなむっとした表情で、ほんのり顔を赤くしていた。
そして彼女は『なぜ水の中でそんなに素早く動けるんだ』というスピードで素早く俺の背後に移動すると、俺の首にしがみついてくる。まさかこのまま首を締めて海に引きずり込むつもり――ではないようで、普通におんぶだった。
足をがっつりと俺の腹に回して、しがみつくように俺の背に張り付いている。
正面から抱き着かれるよりはかなりマシだけど……マシだけどもっ!
「……小日向さんや、これは俺が笑ったことに対しての仕返しか何かですか?」
俺の問いかけに対し、小日向は俺の肩にコツコツと顎を打ち付ける。肯定か。
続いて彼女はペシペシと俺の腕を叩いた。どうやら「ちゃんと足を支えて」と言っているらしい。はいはい仰せのままに天使様。
小日向の柔らかな太ももを直接触ることになってしまったが――よくよく考えたら、水着姿の彼女に「肩車しろ」と言われるよりはマシだ。不幸中の幸いと喜ぶべきか。
俺はそんな風に無理矢理自分を納得させてから、小日向をおんぶした状態でボール遊びに興じることになったのだった。
なお、俺は二回ほど足を滑らせて小日向とともに海に沈んだ。
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