第100話 スイカ割りのプロフェッショナル



 ボール遊びというウォーミングアップを済ませてから、満を持してのスイカ割り。


 別にスイカ割りが海でのメインイベントってわけじゃないけども、簡単に用意できるボールと比べると、やはり特別感がある。ちなみに景一が中学の修学旅行で購入していた木刀を持参してくれた。


 スイカの数は全部で三つ。


 スイカのサイズはソフトボールより大きくバレーボールより小さいぐらいで、手分けして食べたら腹が苦しくなることもないだろうって量だ。


 で、誰がスイカ割りをやるのかという話だが、これはすんなりと女性陣が割るということで決定した。しかもなぜか『カップル対抗戦』ということになり、ペアの男性陣がそれぞれの女性に指示を出すということに。


 キョトンとする俺をよそに、他の五人は平然と話を進めていたけど……俺と小日向は別にカップルってわけじゃないからな? 俺が突っ込まないと誰も言いそうにないので、いちおうね。


 まぁそれはいいとして。


 勝敗の決め方は、スイカの中心を綺麗にとらえたほうが勝ちというもので、審判は公平性を保つためにうちの親父がやることになった。制限時間はスタートしてから三十秒。それより時間がかかってしまえば失格ということになる。


 大きめのブルーシートを広げて、風で飛ばされないように周囲を砂で埋めて固定。中心にスイカを置けば、あっというまにステージの完成である。


「シラフの私は強いよ」


 一番手は静香さん。

 木刀を砂浜に突き刺し、白い布で目隠しした状態で胸を張っている。なんとなく卑猥な妄想をしてしまいそうな姿だ……水着だしな。赤桐さんはその姿を見て乾いた笑いを漏らしていた。


「じゃあまず木刀を地面について、それを中心に十回転だ。ちゃんと下を向くように」


 審判である親父がそう言うと、静香さんはコクリと誰かさんのように頷いてから回り始める。


「お、おわぁっ! これ思ったよりもキツイかもっ!」


 三回転ほど回ったところで、はやくも静香さんはふら付き始めた。ノンアルコール状態で千鳥足である。安上がりだな。


 静香さんはその後フラフラとあちらこちらに移動しながらも、なんとか既定の十回転をこなして見せた。とはいえ、ここまでは準備段階――今からが本番だ。


「ではカウント始めるぞー」


 静香さんが十回転終えてすぐに、親父は容赦なくスマホのタイマーを起動した。


「誠―っ! わたしはどこーっ! ここはだれーっ!?」


「なんで目が回って言葉が迷子になってるんだ……えっと、まず時計回りに三十度ぐらい回って」


「細かいよ! 細かい男は嫌われるよ!」


「えぇ!? じゃあちょっと右回転――あぁ行き過ぎ! ちょっとだけ戻って――ってどこ行ってるの!?」


「スイカのある方へ!」


「逆方向だよ! 完全に真逆だよ!」


 赤桐さんは必死に指示を出しているのだが、操作されている静香さんは足元がフラフラである。よたよたと斜め方向に歩き始めた。まだブルーシートにすら到着していないが……これは大丈夫なのだろうか?


 大丈夫じゃなかった。


 結局静香さんはスイカに辿り着くことはおろか、ブルーシートに足を乗せることも叶わず、何もない砂浜に木刀を振り下ろして終了。しかも思いっきり振り下ろしたようで、手がしびれている様子だった。


 涙目になって手を擦っている静香さんに赤桐さんが駆け寄り、「お疲れ様」といたわっている。なんだかカップルって感じだなぁ……。見ていてほのぼのする光景だ。


 で、二番手は冴島。

 なんとなくイメージ的に静香さんと同じようなことになりそうな気がしたのだけど、冴島はどこかの白ビキニお姉さんのようにあまり喋ることはなく、淡々と景一の指示に従っていた。


 結果――彼女が振り下ろした木刀は、スイカの端っこを削ることに成功。皮部分を削った感じで、ちょっとだけ赤い部分が見えているぐらいだ。


 まぁそれでも、ほとんど地面に叩きつけるような形になってしまったために、静香さんと同じく手がしびれてしまった様子。


「あいたたたた――良い線いってると思ったんだけどなぁ」


「大丈夫か? あと十秒時間があったらど真ん中いけそうだったんだがな」


 景一は冴島の手を取って、まじまじと眺めている。どうやら怪我をしていないか確認しているようだ。自然な振る舞いを装っているが、どこかぎこちない。


「見て見ろ小日向、冴島のやつ顔真っ赤だぞ」


「…………(コクコク)」


「というか景一も、たぶんいい機会だと思ってやってるな……まだ手を繋いでないって話しだったし」


 そんな風にして、俺たちは初々しいカップルの二人を遠目で眺めていた。もちろん、全力でニヤニヤしながら。


 もし今度あいつらに何かからかわれたらこれをネタにして言い返してやるとしよう。



「じゃあまず十回転。智樹きちんとフォローするんだぞーっ!」


「任せとけ」


 そしてついに小日向の番がやってきた。木刀を片手に、ふすーと力強く息を吐いている。


 もともとスイカ割りを提案したのは小日向だったし、とても楽しそうだ。可愛い。

これまでの出場者の戦績は、静香さんは的を外し、冴島はかすっただけ。これは小日向の三半規管と俺の指示能力を遺憾なく発揮すれば、十分にトップを狙える状況である。


 そんなことを思っていたのだが、


「…………」


 砂浜に突き刺した木刀に頭を乗せてくるくるとその場で回った小日向は、十回転周り終えると、すぐに身体と視線をスイカに向ける。彼女は目隠しをして見えないはずなのに、そのままテコテコと歩いていって、スイカの一メートルほど前で停止。


 まだ一言もしゃべってないから俺がいる方向もわかるはずがないのに、俺に顔を向けていた。実はエスパーの方ですか?


「あぁ……うん、そのまま振り下ろしたら当たると思います……」


 俺の顔を見て、コクリと頷く小日向。いや、見えてないのだろうけど。


 彼女が木刀を上から下にひょいっと振り下ろすと、やはりというかなんというか――綺麗にスイカの中心を捉えることになった。強さも制御されていて、無駄な力が一切ない最高のスイカ割りである。割れはしたが、そこまで飛び散るということもなかった。


 目隠しを外した小日向は、スイカを見て、そして俺を見て――ふすふす。

 いや本当にすごいな。いったいどうなってんだお前の頭の中は。


 そんなことを考えながら、半ば呆然と小日向を見てみると、彼女はこちらに向かって歩きながら、ぽいっと景一の木刀を地面に投げて、両手を俺に見せてきた。ふすふすしている。


 ハイタッチ――というわけではなさそうだな……どういう意味だ?


 小日向のよくわからない行動に首を傾げていると、彼女は両手をプルプルと振って、悲しそうな表情を作る。


「あー……痛かったからいたわってくれってことか?」


「…………(コクコク!)」


 地面に振り下ろしたわけでもないから、そこまで痛くなかっただろうに。

さては静香さんや冴島たちの影響だな?


 まぁ、とても可愛いので理由なんてどうでもいいのだけど。


 

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