第101話 バーベキュー 前編



 スイカは包丁で綺麗に切り分けられたものと、木刀によって砕け散った残骸に別れたが、それらは親父も含めた七人でシェアすることに。なぜかぐちゃぐちゃになったスイカのほうが人気で、一番に売り切れる結果となっていた。


 それからはまた海で泳いだり、男子勢によるビーチフラッグ対決が行われたり(赤桐さんが勝った)、各自休憩を取りながらも、結局俺たちは空が赤く染まりだすまで海で遊び続けた。


 そして現在。

 全員海から上がり、太陽の熱が引いてきた砂浜で俺たちは遊びに興じていた。


 静香さんカップルと景一カップルは、それぞれ男性陣が仰向けの状態で砂に埋められており、女性陣が砂で女体を表現しようと奮闘中だ。現在の景一の胸の大きさは人の頭より大きいレベルである。とてもでかい。


 ちなみに親父は静香さんや冴島の加勢をして、女体づくりに貢献しているようだ。


「だいぶ涼しくなってきたな」


「…………(コクコク)」


 そして俺と小日向は、穏やかに砂でお城を建設中である。男のロマンであるトンネルを作ることも忘れない。ここは水路ということにして、水を流すことにしようじゃないか。


 小日向は膝立ちの状態でペタペタと山を固めており、表情は真剣そのもの。指でプスプスと穴をあけて、城(ほぼ山だが)に装飾を施したりしている。


 なんとなくこうして夢中になっているところをみると、小日向が中庭で蟻を眺めていたときのことを思い出すなぁ……。


 あの頃はまだこいつの性格もよくわかっていなくて、周囲の目を気にしない無口な子――そんな風に思っていたんだっけか。


 四月の小日向は俺が隣に来ても無関心といった様子で、たぶん大勢いる男子の一人ぐらいにしか思っていたのだと思う。自販機の件があったから、少しは印象に残っていただろうけど。


 それにしても、まさか長年女性を苦手としていた俺が、たった数ヶ月でここまでのめりこんでしまうことになるとは……過去に戻ってあの時の俺に教えてあげたとしても、きっと鼻で笑って信じないだろうな。


「――お、そっちに出たか?」


 山の下側を手で掘り進めていると、砂の感触がふいに消える。手を振ってみると風の冷たさが伝わってきた。どうやらトンネルが開通したらしい。


「ほれほれ、小日向見えるかー?」


 そんなことを言いながら、山を挟んで逆サイドにいる小日向に手を動かしてアピールする。すると彼女は顔を下に向けて、キラキラと目を輝かせた。それから俺の手を両手で握ると、マッサージでもするようにニギニギし始める。……ニギニギし続ける。


「……ははは、小日向さん? ちょっとこの体勢キツイので、そろそろ手を離していただけると助かるのですが」


 柔らかめの抗議をしてみるが、彼女は口角を上げてニヤリと笑みを浮かべるだけで、手を離そうとはしない。本当に、あの頃の小日向からは想像ができない雰囲気だ。


 そして女子に手を握られているのにも関わらず、振り解く気が一切起きない俺も、あの頃からは想像ができないな。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 別荘へと戻ってきた俺たちは、シャワーで汗と汚れをサッと落としたのち、着替えてから庭に集合。いよいよバーベキューの時間である。


 時刻は夜の七時。

 空は薄暗くなってきているが、外灯のおかげで手元が見えないなどということはない。男性陣はバーベキューコンロをセットしたり火起こしをする担当で、女性陣は食材の準備を担当してくれた。


 全員の準備が整ったところで、俺たちはジュースの入った紙コップをそれぞれ手に取る。

 そしてなんとなく年長である親父を見てみると、どうやら俺以外の五人からも視線を向けられていたようで、親父は「え? 俺?」などと自分の顔を指さして戸惑っていた。


「あー……一日目で遊びつくした感はあるけど、明日は今日よりも長く自由時間があるからな。暇になったからって危ないことはしないように。バーベキューも火傷には気を付けろよ。じゃあこの場を提供してくれた誠くんと赤桐家に、そして運転してくれた静香ちゃんに感謝して――乾杯!」


「「「「「乾杯!(ふすふす!)」」」」」


 親父の乾杯の音頭に対して、俺を含めた総勢六人楽し気な声と鼻息が夏の夜空に広がっていく。いや、鼻息はさすがに広がらないか。


「よし! 肉だ、肉を食べよう!」


 なんとなく雰囲気的に景一あたりが言いそうな気もするけど、実際にそんな肉食発言をしているのは静香さんである。ちなみに彼女だけは紙コップではなく缶ビールを手にしていた。


「ちゃんと野菜も食べるんだよ?」


 そして勢いよくコンロに肉を並べている彼女の隣では、やれやれといった雰囲気の赤桐さんがせっせとピーマンやらかぼちゃ、たまねぎなどを並べている。


 さすがに全員で食材を並べたら消費が間に合いそうもないので、俺たち高校生組は食材が焦げないように見守りつつ食べる担当――まぁ何もしていないともいう。


「親父も運転と監督ありがとな」


「…………(コクコク!)」


 先ほどは自分のことを除外したようなことを言っていたから、きちんと感謝は伝えておく。俺の発言が聞こえたのか、コンロを囲っている二組のカップルもお礼の言葉を言って頭を下げていた。


 親父は彼女たちに向けて手を上げて返答したのち、野外用のプラスチックの椅子に腰かけてから穏やかな笑みを浮かべる。


「気にしなくていいさ。こう見えて結構俺も楽しんでいるから」


「そういや親父も景一を埋めたりしてたな」


 たしかに、親父はときおり笑い声を上げていたから、それなりに楽しんでくれていたのだろう。密かに若いエキスを摂取しようとしているのかもしれない。


「はははっ、まぁそれも楽しかったが、やはり息子が女の子とキャッキャウフフとしている姿を――」


「それ以上口を開くな。開けばとうもろこしを生で突っ込むぞ」


 まったく、何を言い出すかと思えば……このアホ親父め。


 ところでそこのアホ天使さん。今のは冗談なのだから、自信満々に俺にとうもろこしを渡さんでよろしい。


 まぁ……可愛いから、頭は撫でるのだけども。

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