第97話 策士、小日向



 道中、コンビニで休憩したり、スーパーで追加の飲み物を購入したりしながらも、俺たちは予定通りに赤桐家の別荘へ到着した。


 ちなみに俺と小日向はいちゃいちゃしていない。せいぜい繋いだ手をお互いニギニギしていたぐらいだ。


 赤桐家の別荘はログハウスタイプ。建物の奥と左側には背の高い木々があり、残りの二面は辺りが見渡せるように開けている。ちょっとした高台に位置しているので、室内の窓からは海が、そしてウッドデッキに出れば海岸が見えるらしい。


 建物自体の大きさは一軒家二つよりもさらに大きく、庭も含めるとかなりの広さがあるようだ。赤桐家の財力に驚かされるばかりである。ちなみに親父は「俺も別荘欲しいなぁ」とぼやいていた。俺も欲しい。買ってくれ。


 そんな風に夢を見ながらも、みんなで手分けして別荘の窓を開けて回り、室内に風を通したところで部屋決めタイム。ちなみに電気、水道、ガスは全て通っているらしい。


「部屋の掃除は定期的にしているから問題ないと思うよ。シーツもクリーニングに出したものがあるから、綺麗なままだ」


 しかも赤桐さんが言うには、俺たちが来るということで、三日ほど前にこの地を訪れて静香さんと二人で最終的な掃除をして回ったらしい。声を掛けてくれたら俺も――と思ったけど、その日は喫茶店でバイトしていたな。素直に感謝しておこう。


 赤桐さんに案内されながら、使っていい部屋を各自見て回る。


 親父と静香さんたち大学生カップルは一階で、高校生組が景色の見える二階の部屋を使うことになった。おそらくというかほぼ確実に、俺たちに気を遣ってくれたのだろう。いちおう「どの部屋でも構いません」と伝えたけれど、赤桐さんに「じゃあ二階がお勧めかな」と言われたので素直に甘えさせてもらった。



 で、だ。


「いや同じ部屋はダメだから」


 角部屋を真っ先に確保するのも気が引けたので、俺は階段とトイレから近い部屋――利便性重視で選んでみたのだが、小日向が当たり前のように俺の部屋に付いてきた。


『掃除する手間がはぶける』


「もっともらしいことを……」


『ベッド広いから二人寝れる』


「いやそりゃ寝れるだろうけどさ……部屋もベッドも二つあるのに、わざわざ一つだけ使うのもおかしくないか?」


 小日向の言う通り、この別荘に置いてあるベッドはセミダブルサイズのようで、我が家にあるダブルベッドよりは多少幅が狭いものの、二人で横になっても問題ないと思う。小日向は小さいし、それにダブルベッドが家にくる前、俺たちはシングルサイズで寝ていたからな。


『智樹は嫌?』


 はい反則技出ました。嫌なわけないだろうがこのアホ天使。


「……別に嫌じゃないよ。ただ、今日は他に人が大勢いるだろ?」


『みんな私たちが一緒に寝てるの知ってる』


「…………まぁ、そうだけど」


 痛いところを突かれてしまった。


『知られてることを隠しても変』


「…………赤桐さんになんて言うんだよ。いつも二人で寝てるからここでも一緒に寝るって言うのか?」


 俺の部屋ならまだ「狭いから」とか、「ダブルベッドがあるから」とか言い訳できたけど、部屋が余っている状況でそんなことを言ったら、もうそれはお互いに好意を持っていると宣言しているようなもんだぞ?


 そんなことを考えながら嘆息していると、小日向は自信満々にスマホを見せつけてくる。


『もう言ってる』


 ……ん? もう言ってるって、どういうこと?


 提示されたスマホの画面を見て首を傾げていると、景一たちを案内し終えた赤桐さんと静香さんカップルが部屋にやってきた。


「智樹くんはこの部屋にしたんだ。一番使い勝手が良い部屋だね」


「角部屋じゃなくて良かったの? 隣空いてるよ?」


 静香さんが言うには、冴島が角部屋、その隣の部屋を景一が利用するようになったらしい。今俺がいる部屋とは対面に位置する部屋だ。


 というか赤桐さん――さっき「智樹くん」って言ったよな……。小日向が『もう言ってる』と言ったのはつまり、同じ部屋で寝るということを事前に説明していたということだろうか。


 外堀、すでに埋められていたらしい。俺はそれを理解して……諦めた。


「あー……小日向はここと隣の角部屋、どっちがいい?」


『ここがいい』


「さいですか……じゃあすみません。俺たちはこの部屋で」


「了解。じゃあ荷物を置いたら、下で昼食を食べようか」


「まぁコンビニで買った軽食だけどね~。このあと大量にスイカを食べることになるだろうし、二人とも食べ過ぎないように」


 赤桐さんと静香さんの二人は、ニコニコと笑顔で言うとそのまま仲良く並んで階段を下っていった。

 二人の背中が見えなくなったところで、俺は隣の小日向にジト目を向ける。


「小日向さんや。一緒の部屋に寝るとしても、俺に一言あってもよかったんじゃないですかね?」


 小日向の顔の高さに合わせるように腰を曲げて、顔を近づける。すると彼女は俺の視線から逃れるようにスイーっと目を逸らした。はい、計画的犯行確定。


 別に怒っているわけじゃないけど、小日向の反応が可愛かったので俺はこのまま攻めることにした。やられているばかりの俺ではないのだ。


 小日向に顔を近づけ、「なにか言い訳はあるかね?」と言いながら細めた目で圧を掛けるように彼女の見つめていると――、


「――――へぁ!?」


 ちゅっ――と音が鳴るように、頬にキスされた。びっくりして変な声が出てしまった。


 腰をかがめた状態でフリーズする俺をよそに、小日向はテテテと俺から逃げるように階段を下っていく。


 ――キス逃げはズルい。


 俺は小日向に口づけされた頬を撫でながら、そんなことを思うのだった。



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