第128話 鳴海綾香直伝



 翌朝。

 朝七時に目を覚ますと、いつも通りコアラ化した小日向が俺の右腕を抱きしめていた。寝ぼけた思考のまま、しばらく二の腕に伝わる双丘の感触を堪能したのち、我に返って素早く手を引き抜いた。


「……心臓に悪いぞ」


 朝っぱらから全力での活動を余儀なくされている心臓をねぎらいつつ、ため息を吐いてからベッドに腰かける。


 小日向に目を向けると、彼女は目覚める様子もなく穏やかな寝息をたてていた。パジャマはめくれ上がっておへそ丸出し状態である。


 俺は小日向の衣服の乱れが視界に映らぬように布団をかけてから、ぼうっとコアラさんの寝顔を眺める。


「……彼女――彼女かぁ」


 もちろんそれはまだ未来の話であり、百パーセントの話でもないのだけど。


 小学生の頃はちょっとした勘違いが発展して、大きな対立を生んでしまった。

 もしいまあの頃に戻れたら、俺も彼女たちに対抗して口論するのではなく、冷静に対話することができると思う。ようはお互いにまだガキだったのだ。


 女子に対する苦手意識も、友人や小日向たちのおかげでここのところはほとんど感じなくなった。


 条件反射で顔を引きつらせてしまうことはあるけれど、あとは慣れていけばいいだけの話。もはや治療云々ではなく、時間の問題である。


「ありがとな」


 そう言いながら、俺の腕の代わりに布団を抱きしめている小日向の頭をそっと撫でる。

 きっと今頃楽しい夢でも見えているのだろう――小日向は俺の手の下で、ふへへと目を瞑ったまま笑っていた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 さて、本日は月曜日。

 普段なら学校に行くところだけども、本日は祝日である。

 そして祝日ならばバイトがあるところだが、今日はめずらしく休みをとっていた。

 理由はとても単純明快で、お泊まりの翌日の休みを、小日向とのんびりと過ごしたかったからである。


 二人でシリアルに牛乳を注いだものを食べて、歯を磨き、顔を洗う。


 さて何をしようかと考えたところ、ちょうど昨日祭りの屋台で小日向がゲットしてくれたゲームがあることを思い出し、それで遊んでみることにした。


 なお、俺はジャージのままだし、小日向もパジャマのままである。


 しれっと「着替えなくていいのか?」と聞いてみたのだけど、小日向はぶんぶんと顔を横に振る。ポチポチしたスマホを見てみると、『楽』というとても端的な言葉が記されていた。


 まぁそりゃそうかもしれないけどさ……、ここ、君の実家ではないのだよ? 下着未装着であることはもちろん忘れてないよね? ただでさえ夏で薄着なんだよ?


 そんなことを思いつつも、「興奮するから下着付けてきてくれ」だなんて言えるはずもなく、結局リビングでそのスタイルのままゲームをすることになった。


 二人で説明書を見たりしながら、とりあえず操作の確認。バトルロワイヤルの対戦ゲームではあるけど、俺たちはフィールド上で好きなように技を試したり、飛び回ったりして遊んでいた。


 こういったゲームは操作が似たような感じだし、わりとすぐに慣れそうだ。


「そういえば修学旅行の班決めだけどさ、一緒でいいよな?」


 二週間後には文化祭が待っているが、その一月後にはさらに大きなイベントの修学旅行が待機している。


 旅行中は六人の班が五組と、五人の班が二組といった形で別れることになるようだ。

 現在は文化祭の準備の真っただ中ではあるけれど、こちらの班も来週までに決めておかなければならない。景一は確定として、女子は小日向と他の二人。うちのクラスは男子の人数が女子と比べて少ないので、五人班になればそれで問題はない。


 小日向は俺の問いにコクコクと頷いたあと、コントローラーを置いてからスマホを操作。


『綾香と翔子に誘われてた。智樹と唐草も一緒でいいって』


「……すまん、綾香と翔子って誰のこと? 下の名前はあまり把握してなくてさ」


『鳴海綾香と黒崎翔子』


「あー……はいはい。あの二人ね」


 小日向によく話しかけているお二人さんだ。

 鳴海は俺にもちょこちょこ話しかけてくれているし、席替えで良い位置を交換してくれた素晴らしき人である。黒崎も穏やかな人柄だし、俺が気苦労するようなことはないだろう。


 そして小日向と話している姿もよく見かけるし、冴島がいないのは残念だが、このクラスで班を組むのならこれ以上ない布陣なのではないだろうか。


 もし六人班になって、男子が一人入るとしたら高田あたりかな――そんなことを考えていると、小日向がまたなにか文字を書いてこちらに見せてくる。


『あの二人は色々教えてくれる』


「ほう……ちなみにどんなこと?」


 ほんのり嫌な雰囲気を感じ取りつつ、小日向に問いかけてみる。

 すると小日向はコクリと頷いたあと、俺の肩をぐいぐいと押して、床に引き倒す。


 何をするつもりだろうかと疑問に思いつつも、俺は抵抗することなくされるがままになってみた。


 背中を床に付けたところで、小日向は俺の腹に馬乗りになる。そして、顔のすぐ横に両手をペチンと突いてきた。


 いやだから、その四つん這いの体勢は危険なんだって……下着着用状態だったとしてもかなりヤバいぞ。


『ドキドキした?』


「……そりゃまぁな」


 胸元が丸見えだし。小日向の顔がいつもより近いし。


『綾香直伝、床ドン!』


 小日向はそんな言葉を書いたスマホを俺に見せつけると、ふすーと強く息を吐く。


 どうやら、この技は鳴海綾香によって小日向に伝えられたらしい。

 小日向に教えた本人も、まさか下着未着用の胸元スカスカ状態でやるとは、思ってなかっただろうなぁ。



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