第129話 近づく文化祭



 文化祭間近ということもあり、各クラスではそれぞれの準備が進められている。


 うちの二年C組もその例に違わず、実行委員である高田と鳴海を中心にして模擬店で使用する食材の調達先や、当日の各々のシフトなど――担任が空けてくれた時間やちょっとした休み時間を使用して文化祭に備えていた。


 本日は九月二十二日の木曜日。七限のロングホームルームの時間だ。


 教卓の前には実行委員である鳴海と高田がいて、グラウンド側の前方ではパイプ椅子に座った担任の松井先生がその様子を見守っている。


「当日のシフトなんだけどさ、各時間帯に五、六人ぐらい割り当てることになるから、修学旅行の班をそのまま引用していいんじゃないかと思うんだけど」


「あー……それいいかもな」


 教卓の前で、鳴海と高田がそんな風に話している。


 二人とも声をそこそこ大きくしているから、会話しながらもクラスから反対意見がでないか確認しているようだ。


 ふむ……たしかにそれはアリだな。


 男ばかり――女ばかりになるよりは客層が偏らなくなりそうだし、何よりも俺個人としては小日向と一緒のシフトになれるというのがとても大きい。

 あ、景一も一緒だからもちろんそれも嬉しいぞ。


「俺たちもそれでいいな。景一と小日向は特に見たいイベントとかあるか? たぶんこのあとシフト決めだろ?」


「…………(ぶんぶん)」


「んー、気になる出し物はいくつかあるけど、体育館であるライブみたいに時間が限られているものでもないし、別にどの時間に振られてもいいかな」


「景一は冴島と合わせなくていいのか?」


 一緒に文化祭を回りたいのなら、働く時間は一緒のほうがいいと思うのだけど、別に気にしないのだろうか?


「あぁ……野乃のクラスはコスプレ喫茶らしいから、せっかくだから働いているところに遊びに行こうかと思って」


「なるほど、だから無理に合わせる必要はないと」


「むしろ被らないようにするつもり」


 なるほど。

 しかしコスプレねぇ……ぱっと思いつくのはメイド服とかチャイナ服――男性陣は執事服とかだろうか? もしくはアニマル的な衣装を身に着けたりするのかもしれない。


「小日向が参加するとしたらあのリアル熊のお面か?」


 小日向に目を向けながらそんなからかい混じりのことを言ってみたら、本人はぶんぶんと顔を横に振る。そうやって否定の意を示したのち、彼女は自らの頭の上にピンと指先まで伸ばした手を乗せて、首を傾げながらぴょこぴょこと手を動かした。


「ウサギさんね。たしかに小日向といえばウサギだな」


「…………(コクコク)」


 他にもコアラだとかリスだとか猫だとか色々あるけれど、一番それっぽいのはウサギか。


 それにしても可愛いな……いったいどこでそんな自らを魅力的に見せる動作を学んだのか。天性の才能か?


 あまりの可愛さに思わず小日向の頭を撫でていると、彼女はもっと撫でられたいのか、俺の手に頭を押し付けるようグリグリしてくる。


「智樹、その辺で止めさせておいた方がいいぞ」


「ん? あぁ、悪い悪い。ちゃんと鳴海と高田の話は聞くよ」


「そうじゃなくて――いや、まぁ別にいいんだけどさ」


 どこか歯切れの悪い景一に首を傾げていると、いつの間にか教卓の前にいる鳴海、そして松井先生、それから数人の生徒が顔を俯かせて震えていた。


 もしかして、高田あたりが爆笑必須のギャグでも披露したのだろうか? やばい……『話を聞く』だなんて言っておきながらウサギさん小日向が可愛すぎて聞きそびれた。


 その後、景一や他のクラスメイトに何があったか聞いてみたものの、誰一人として詳細を教えてくれはしなかった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



~KCC会員たちの日常~



「皆の者、薄々感づいているとは思うが、現在このスマートフォンには我らが神――小日向たんの浴衣姿の映像が映し出されている。油断していると気付けば病床で輸血を受けている状態――ということになるぞ」


「会長は平気だったのですか?」


「ふっ、私を誰だと思っている。目を覚ました時にはすでに輸血が終わっていた」


「さすが会長です」


「うむ、それはさておき――本題だ。浴衣を身に着けた小日向たんは、熊のお面を身に着けている。おそらく神の使徒である杉野二年が、我らが出血死する可能性を考慮してくれたのだとは思うが……侮るなよ? 小日向たんのクールビューティな雰囲気とのギャップにより、むしろ破壊力は増加してしまっている」


「なんと恐ろしい……すぐにA1サイズのポスターに現像しましょう」


「そうしたい気持ちは山々なのだが、杉野二年に『会長のスマホ以外には映さないでくださいよ』と言われてしまってな――ふふっ、つまりのこの小日向たんは私だけの――」


「わかりました会長。ではそのスマートフォンをよこしてください。本日よりそのスマートフォンは私が所持します」


「こ、こら白木副会長! 人のスマートフォンを奪うんじゃない! 別に見せないとは言っていないのだからいいだろうっ!」


「この中から写真が動かせないのならば、そのスマートフォンを奪えばいいのです――っく、ルミナ! その手を離しなさいっ! この夏祭り仕様小日向たんは私が――」



 その後、浴衣姿の小日向を見たKCC会員たちは、仲良く病院で輸血を受けたらしい。






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