第130話 文化祭 開幕




 結局、予定通りというか願望通りというか――俺たちの修学旅行の班は、俺と景一、それに小日向と鳴海と黒崎の五人となった。つまり、文化祭のシフトもこの五人で一緒に入ることになるわけだ。


 文化祭当日までの間は、食品管理についての注意事項や、金銭管理について色々先生から指導があったり、あとは学校全体の飾りつけなんかが行われていた。


 夏の暑さが収まってきたこともあり、精力的に動き回ることもあまり苦ではない。


 元々勉強が主体の進学校であるために、どちらかというとインドア派が多いこの学校では、体育祭よりも文化祭に力を入れてしまうのは必然なのだろうか。


 開催は日曜日なので、生徒の保護者や他校の生徒たちも多数訪れる予定である。

 俺たちが提供する食べ物は、唐揚げ、ポテト、そしてオニオンリングの三種類。

正直言ってありきたりではあるけれど、大きく失敗することのない布陣であると思う。


 あとは売り子の頑張り次第なのだけど、我がクラスには学年問わずに知名度の高い小日向や、現役モデルの景一がいるのだ。他のクラスを出し抜くのは容易であると思われる。



 そして、やってきた文化祭当日。


 俺たちの班はわりと早い段階である十一時から十二時の時間帯に入ることになっている。


 文化祭スタートは十時からだったので、俺たちは二班目ということになるのだが、空いた微妙な時間で他の所を見て回るのも落ち着かないということになり、調理室の前の廊下で営業する一班目のクラスメイトを少し離れたところで眺めながら、五人で立ったまま談笑していた。


 廊下を歩いているのはこの学校の生徒だけではないので、そこそこの人通りがあった。


 ちなみにこの調理室には現在八つのクラスが入っており、販売はそれぞれ廊下で行っている。調理組と販売組で別れるような形だ。


「冴島はいつ働くことになってるんだ?」


 食べ歩きしている人たちを眺めながら、俺は隣で腕組みをしている景一に問いかける。


「十二時からだって。ちょうど俺と入れ替わりだな。午前中はクラスの手伝いをするって言ってたよ」


「はぁ~、働き者だなぁ」


「まぁ午後は俺と回るって言っていたから、それまで別のグループに入れてもらうのも忍びなかったんじゃないかな」


 たしかにそれはあるか。時間つぶしみたいに思われる可能性もあるし。

 相手が景一という競争相手の多い人間であるために、余計な軋轢を生むことを恐れたのかもしれない。冴島も大変だな。


 なるほど、と言いたげにふんすふんすと頷いている小日向は、現在俺の目の前――というか、俺を背もたれ代わりにしている状態だ。そして俺の両手をシートベルトのように自身の身体に巻き付けていた。とてつもなく可愛い。


「最後の確認だけど、小日向ちゃんはずっと表に出てくれるんだよね? で、ウチらと杉野たちが交代する感じで良かったよね?」


 二人の世界にトリップしそうになっていたところ、鳴海から声を掛けられて現実に引き戻された。それはいいのだけど、鳴海も黒崎もまるで会長たちみたいに鼻にティッシュを詰めているのは何故なんだ? 鼻水か鼻血かで今後の対応に違いが出てくるのだけど。


 声を掛けられた小日向は、俺の手を左手でがっしりとホールドしたまま、右手の親指をニョキっと立てる。任せろ――と言っているようだ。


 小日向は弁当を作ったりしていたように、調理が苦手というわけではないのだが、売り上げを重視するのであれば、このウサギ天使は絶対に売り子をすべきだろう。

喋らないから接客は難しそうなので、彼女には商品の受け渡しを担当してもらうことにした。


「火傷したら痛いしな」


 小日向の可愛いおててが火傷するなんて見ていられない。まぁ勉強以外はなんでもできてしまう彼女が、そんなヘマをするとも思わないけれど。


「会長たち、絶対来るだろうな」


 苦笑しながら、景一がそんな言葉をぽつりと漏らす。

 考えないようにしていたんだから、思い出させないで欲しいんだが。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「このポテカラセットを五つ。そして単品のオニオンリングを五つ貰おう」


 会長たち、来ちゃった。


 そして当然のように白木副会長も一緒だし、他にも三年生らしき三人の女子が付いてきている。揃いも揃って鼻にティッシュを詰めているあたり、彼女たちが『小日向たんちゅきちゅきクラブ』の会員であることはほぼ間違いないだろう。


 現在の売り子は俺と景一、そして小日向の三人だ。


 小日向が販売し始めてからすぐに、彼女目当てと思しき客がちらほら見えていたけれど、ようやく本命がやってきてしまったという感じである。


「……ありがとうございます。お会計は別々にされますか?」


「いや、まとめてで構わないよ杉野二年。ここは私が皆に奢る権利を勝ち取ったからな」


 なんで奢る権利を勝ち取ってんだよ……普通逆だろ。奢られる権利を勝ち取れよ。


 顔が引きつるのを堪えつつ、俺は会長から代金を受け取る。五人分だから結構な金額になった。売り上げ的にはありがたいのだけど、彼女たちの正体を知っているがために複雑な気分である。


 景一は注文内容を伝えるべく一度調理室に引っ込んだ。そして作り置きして保温しておいた商品が景一によって調理室からぞくぞくと運ばれてくる。それを小日向がカウンターごしに会長たちへ手渡していく。


「あ、ありがとうございます神――小日向さん」


「この御恩は一生忘れません」


「家宝にします」


 まず会長と副会長が連れてきた三人が、うやうやしい態度で商品を受け取る。言っていることはかなりヤバい気もするけど、小日向は特に気にした様子も無くふすふす言っていた。たぶんふざけているとでも思っているのだろう。残念ながら、たぶんマジなんだけど。


 そして、いよいよ斑鳩生徒会長、そして白木副会長の番である。


「…………」


 まず会長が、白目をむきながら、餌を欲しがる鯉のように口をパクパクと動かしつつ商品を受け取る。小日向はその顔を見てビクッと震えていた。そりゃ怖いよね。完全にホラーだよ。


「まぁ、ケチャップも付いているんですね。素晴らしいです」


 そして副会長。彼女は平静を装いつつ受け取ったポテカラセットとオニオンリングを眺め、感心したように頷いている。


 それケチャップじゃないけどね。


 あんたのティッシュから垂れてきた液体だけどね。


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