第131話 KCC予備軍
KCCというお客さんを含め、俺たちの模擬店は大盛況だった。
それがお昼時であったからか、それとも小日向や景一が売り子をしていたからかはわからないけど、客が客を呼ぶような状況になっており、少なくとも一班目の倍以上の売り上げを記録していた。
三班目のクラスメイトへ引継ぎを完了したら、俺たちに残された仕事は後片付けのみ。残りは文化祭をおおいに楽しめるというわけだ。
景一は「二人で楽しんでこいよ」と別行動することになったので、現在は俺と小日向の二人きりである。気を遣ったのか、それとも冴島のコスプレ姿を見てデレデレするのを見られたくなかったのかは定かではない。長い付き合いの友人としては、後者であったら面白いのだけども。
「どこか行きたいところあるか? 特にないなら三階から降りて行って、最後に中庭とグラウンドを回るけど」
人通りの少ない廊下で、文化祭の案内用紙をパシパシと叩きながら言うと、小日向は俺を見上げてからニョキっと右手の親指を立てる。どうやらそれでいいらしい。
小日向の頭を撫でながら「じゃあそうするか」と返答して、俺たちは階段を昇って三階を目指す。
当たり前のように小日向の左手は俺の右手へと繋がれたけど、今日に限って言えばカップルで行動している人も多いし、俺たちだけが目立つということもあるまい。
これだけ人が多いとはぐれる可能性もあるし、小日向は気になるものがあると立ち止まってしまうことがあるから、これは仕方がないということで、なにとぞ。
校舎の三階は一年生の領域だ。
三年生や二年生に比べると、良く言えば少し落ち着いた雰囲気がある。悪く言えば、はっちゃけ具合が足りていないような感じだ。俺たちも去年は文化祭の勝手が良く分かっていなかったし、これは仕方のないことである。
「チョコバナナだって。そういえばお祭りの時には食べなかったな」
三階の一室に、大きな『チョコバナナ』という看板が掲げられている教室があった。中を覗いてみると、そこにはバナナをチョコでコーティングして、カラフルなトッピングがしてある――まぁごくごく一般的なチョコバナナが陳列されていた。
「食べようか?」
「…………(コクコク!)」
「オッケー。にしても、あのバナナ結構大きいぞ。あれだけでかなり腹が膨れてしまいそうだな」
値段は三百五十円。
今日はお祭りだし値段なんて気にしなくていいのだけど、このバナナで胃袋の領域を狭めてしまうのも勿体ない気がする。
何しろここはまだ三階で、二年生と三年生の出し物にも食事を出す店は多いからな。
文化祭の案内用紙をポケットから取りだして、他の模擬店にどんなものがあったか確認していると、小日向が俺の右手をくいくいと引っ張ってきた。それから彼女はピッタリと指を揃えた状態で空いた右手を上げて、器用に中指と薬指の間をパカリと開く。
「……半分こ?」
「…………(コクコク!)」
「それはありがたい提案だ。胃袋は無限じゃないからな」
得意げな表情を浮かべている小日向を見て苦笑していると、彼女はニヤリと口の端を吊り上げてから親指をニョキ。とてつもなく可愛い。
なにはともあれ、とりあえず俺たちはチョコバナナを購入することに。
これぐらい奢るつもりだったのだけど、協議の末、小日向が百五十円、俺が二百円出すことになった。
「いらっしゃいま――せぇっ!?」
教室に入ると、売り子をしていた一年生の女の子が素っ頓狂な声を挙げた。彼女の視線は俺と小日向を行ったり来たりしている。
「こ、小日向先輩じゃないですかっ! それに杉野先輩もっ!」
桜清学園で有名な小日向だけならまだしも、なぜか彼女は俺の名前まで知っていた。
俺の頭に疑問符が生まれていることを察知したのだろう――一年の女子生徒は、慌てた様子で事情を説明してくれた。
「あぁっ! いきなり知らない一年生に名前を呼ばれても怖いですよね! 別に私はお二人のストーカーとかではないですよっ! 一年生の中でも、お二人は有名ですから」
「えぇ……マジで? 悪い噂とかじゃないよな?」
俺の悪評関連での噂は生徒会が潰してくれると以前に話していたから、ないと思いたいのだが……。
「違いますよぅ。小日向先輩と杉野先輩は桜清学園の代表カップルじゃないですかっ! 私の友達はカップルコンテストでお二人に投票するって言ってましたよ!」
「いやいや……俺たちはその催しに参加すらしていないんだが」
たしかに今年の文化祭は、毎年恒例のミスコンの他、カップルコンテストなるものが開催されることになっている。俺と小日向はそのイベントにエントリーしていないどころか、まだカップルですらないんだが。
「小日向先輩はめちゃくちゃ可愛いですし、杉野先輩もイケメンですからトップ間違いないですよ! ちなみに私もお二人に投票しよっかなーっと思ってます!」
「ははは……」
軽い口ぶりからして、社交辞令であることは間違いないとわかっているのだけど、面と向かって『イケメン』などと言われると照れてしまう。
俺自身、そんなに悪い容姿をしていないと自負しているけれど、近しい友人たちは群を抜いたように容姿が優れた奴らばかりだからなぁ。
頬を掻きながら愛想笑いで照れを誤魔化していると、ふいに腰がギュッと締め付けられる。目線を下げてみると、小日向が俺の身体に横から抱き着いていた。
「どうした?」
急にどうしたんだろうかと思って聞いてみたのだけど、どうやら小日向に俺の声は届いていないらしく、彼女はその姿勢を維持したまま、一年女子をキッと睨みつけてから「ふすーっ!」と強く息を吐く。
……威嚇せんでよろしい。今のはお世辞だぞ。
「決めました。私、お二人に投票します。あと、バナナ奢ります。いや、奢らせ――貢がせてください」
攻撃体勢に入っている小日向を見た一年女子は、真顔になってそんなことを口にする。
そしてまるでどこぞの組織の一員のように、ツーと鼻から赤い液体を垂らすのだった。
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