第132話 エッチな展開をご所望
少しやばめな一年女子の好意によって、俺たちは無料でチョコバナナを手に入れた。
お金は払わせてくれと言ったのだけど、「お二人が食べていたらこれ以上ない宣伝になりますから!」とゴリ押しされてしまったので、彼女の意思を優先させてもらったわけだ。
そんなわけで、現在俺の隣の小日向はぺろぺろとチョコを舐めて溶かしている。バナナを持っていない方の手は、しっかりと俺の右手を握っていた。
万が一食べている最中に転んだりしたら危ないので、階段近くの廊下でのんびりしているのだけど、通り過ぎる生徒たちはちらちらとこちらに目を向けている。
なるほど、たしかに小日向が食べていると宣伝効果は絶大なのかもしれない。
「俺にチョコは食べさせてくれんのかね……」
はいどーぞ、とでも言いたげに、小日向はバナナを俺の口元に持ってくる。バナナの上部は、小日向の舌によって綺麗にチョコが舐めとられていた。これではただのバナナである。
俺にジト目を向けられた小日向は、悪戯がバレた子供のようにへへへと笑ってからぱくりとチョコを剥ぎ取ったバナナにかぶりつく。そしてまた、はいどーぞ、と。
「――ん、んぐ。けっこう冷えてるな」
小日向に差し出されたチョコバナナにかぶりつくと、表面にコーティングされたチョコは「パキ」という音を立てて割れた。バナナ自体も冷たくて美味しい。
人目のある場所でこんな風にしていたら、バカップルと言われても仕方がないかもなぁ。そんなことを考えながら、俺はチョコバナナを味わうのだった。
チョコバナナを食べ終えると、三階には他に目ぼしい出し物もなかったので、俺たちは階段を下り、二年生が担当する二階へと訪れた。
「占い? 小日向ってこういうの好きなの?」
「…………(コクコク!)」
階段を下り終えるなり、小日向が俺の広げている案内用紙の一部を指さしてきた。彼女の可愛らしい人差し指は、二年E組が運営している『占いの館』を指している。
星占いとか水晶占いとかタロットとか色々種類があるようだ。
値段は一回五百円。バナナ一本半か。
まぁ学生の趣味程度のものだろうし、バーナム効果などを利用したトークショーみたいなものだろうな。本格的な占いだと何千円というお金が掛かるだろうし、学生ならこんなもんだろう。
ちなみに小日向の希望は水晶占いで、占って欲しいのは恋愛についてらしい。
相性が悪いだなんて言われることはないと思うけど、小日向が喜ぶ方向性の話をして欲しいなぁと思う俺でしたとさ。
「小日向明日香さん、杉野智樹くんですね」
黒いカーテンで覆われた狭い空間に入りパイプ椅子に腰かけた直後、分厚いローブを頭からかぶった女子生徒が声を掛けてきた。机の上には小さな座布団のような物の上に、ソフトボールほどの大きな水晶が鎮座している。
ど、どうして俺の名前を!? と街中なら驚くところだけど、同じ学校の同学年だし、知っていても不思議はない。下の名前まで把握されているのには驚きだが。
目の前に座る女子生徒がいったい誰なのか、生憎俺は存じ上げない。彼女はフードを深くかぶっていて、目元どころか鼻まで隠れているからだ。制服と髪の長さから「女子だな」と判別できる程度である。鼻が詰まっているのか、すこしくぐもったような声だった。
「えーっと、俺たちは何をしたらいいんだ? 座ってるだけでいいの?」
これまでの人生で占いなんてものをしてもらった経験がないので、どうすればいいかわからない。ちなみに小日向は目の前の水晶に興味津々のようで、いつもより多めのふすふすをしている。
「貴方がたの希望は、お二人の相性や恋愛運について――ですか。私はこの占いの結果で知り得た情報を他へ漏らす事は致しませんので、ご安心ください」
こ、こやつ、まだ俺たちが何を占って欲しいか口にしていないのに――と一瞬ビクッとしたけど、男女で来たのだからそれぐらいわかるか。
「そうですね。それに、お二人のことは有名ですから」
クスリと笑いながら、女子生徒はそんなことを口にする。
今度は本気で驚いた。俺の心の声に対し、普通に返答の言葉を口にしてきたからだ。
たまたまか? たまたまだよな? 本当にこの占い、受けても大丈夫なんだろうか?
冷汗を垂らしながら、顔を引きつらせていると、目の前の女子生徒は「では失礼して」と前置きしてから、水晶に手を乗せる。そして――、
「キィエェアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!!」
叫んだ。
えぇ……怖いんだけど。マジでなんなのこの人。チラッと見えた彼女の眼は血走っているし、鼻を洗濯バサミで挟んでいるし。明らかに普通じゃない。
小日向も突如奇声を発した女子生徒を見て、ビクッと身体を震わせてから、俺の制服の裾を握った。俺も小日向の手を握りたい気分だ。というか逃げ出したい。
「ふぅ……見えました。見えましたよ。とても良い物を見させていただきました。眼福です」
落ち着いた声色なのだけど、なんだか若干興奮しているようにも聞こえる。この人、本当になにか見えてそうで恐ろしい。
「占いの結果は、個別に話しますか? それとも、ご一緒にお聞きになりますか?」
「なんだか怖い前置きだな……俺は一緒でもいいけど、小日向はどうしたい?」
「…………(コクコク!)」
「一緒で良いみたいだから、このままで」
俺がそう返答すると、女子生徒は「途中で変更しても構いませんから」と笑顔を見せて、占いの結果を話し始めた。
その内容は、まぁなんとなく予想できたものだった。
二人の相性は抜群だとか、小日向はもっと積極的に動いてもいいだとか、俺は小日向をもっと甘やかすと良いだとか。
やっぱり占いってこんな当たり障りのない感じだよな……と思っていたのだけど、途中から雰囲気が大きく変わってしまった。悪い意味で。
「お二人の関係がこれ以上に進展するのは、クリスマス以降になりますね。それまではこれまで通り、お泊まりの日はおやすみのちゅーを三回、おはようのちゅーを三回――あとは、一緒にお風呂に入る回数を増やすべきでしょう。もちろん、水着ではなく――前回のように、ね」
ニヤリと、口の端を吊り上げて女子生徒は笑みを見せる。
…………いやいやいや! なんでそんなことまで知ってるの!? 明らかにその内容は俺たちだけにしか当てはまらないような内容だよな!? バーナム効果を使った占いじゃなかったのかよ!
「ストーカー……?」
「もし疑うのであれば、あなたの過去を占って証明することもできますが、いかがいたしますか?」
「……遠慮しておきます。あと、本当にこの内容はここだけにしておいてください」
「えぇもちろん。あと小日向明日香さん、杉野智樹くんはもっとエッチな展開をご所望――「やっぱりここで話すのも無しにしてくださいっ!」――あら、残念です」
無理矢理言葉を打ち切った俺に対し、ふふふ――と妖艶に笑う魔女。
そして俺の隣では、口に手を当ててニンマリとご満悦の様子の小日向。
軽々しく占いに行くべきではないと、俺はこの日この時に誓ったのだった。
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