第127話 猛攻は続く



 小日向教官による理性強化トレーニングを終えてから、俺たちはそれぞれ部屋着に着替えた。もちろんその間にも色々ハプニングはあったけれども、お互い真っ裸でお風呂に入ることに比べたら些細なことである。


 いまさら小日向のパンツがちらっと見えたところで、俺は動揺したりしないのだ。……嘘です。すみませんでした。激しく動揺しました。


 お風呂を上がってからお互いの頭をドライヤーで乾かしあって、コップ一杯の牛乳をゴクゴクと二人で飲んで、並んで歯を磨いて――まるで仲睦まじい恋人の同棲生活のような流れで、慌ただしい一日がようやく終わろうとしていた。


 とはいえ、時刻はまだ十時を過ぎたぐらいで、寝るには少し早い。


 しかし身体は慣れない人混みを歩いたことで若干の疲労を感じていたため、俺たちは電気をつけたまま、ダブルベッドで仰向けになっていた。


 身体を休ませようと脱力しきっている俺に対し、小日向はふすふす言いながら足をパタパタと動かしている。そして三秒に一回ぐらいのペースでこちらに目を向けていた。元気そうでなによりである。


「どうしたー?」


 俺も小日向がいるほうに顔を倒して、力の抜けた声で問いかけてみると、彼女は俺の肩に頭を擦りつけてくる。特に用事があったわけではなさそうだ。


 ひとしきり風呂上がりの匂いを俺にこすりつけた小日向は、のそのそとベッドから降りて、持参したリュックをごそごそと漁る。なぜかお祭りでゲットしたリアル熊のお面を装着しはじめた。


「……小日向にピッタリだよな、それ」


 女子に対して失礼になるかもしれないので、俺はぼそりと熊さん小日向の感想を述べる。


 可愛らしいピンクのパジャマ(なぜか今日は胸元のボタンが二つも開いている)を身に着けているのに対し、お面は完全に襲う側の顔をしている。


 小日向、どっちかというと肉食系だもんなぁ……。草食系女子はたとえ誰かにそそのかされたとしても、一緒にお風呂に入ることにはならないだろう。どちらかというと俺がウサギさん側である。捕食される側なのだ。


 そんなことを考えながら、お面を付けた小日向を横になったままぼうっと見ていると、彼女はこちらにテコテコと歩いてきて、躊躇いなく俺の腰あたりにまたがってきた。


「……何をやってるんだ?」


 小日向がまたがっている位置は思春期男子にとって大変危険なのだけど、彼女にその理由を説明するわけにもいかないので、とりあえず質問してみた。


 すると彼女は、両手を自分の顔の位置まで上げて、爪を立てるように俺へと全ての指先を向ける。そして――、


「がお」


 そんな可愛らしい鳴き声を発した。はい天使。熊さん天使誕生である。

 いくらリアルな熊のお面を付けているとはいえ、中身が小日向なので当然怖くないし、声が可愛すぎて身もだえしそうだった。


 口元が全力でにやけようとしていたので、俺は咄嗟に自分の口を両手で隠す。

 すると小日向は、顔の横にあった手を限界まで上に伸ばし、今度は「しゃー」と威嚇するような声を挙げた。言うまでもなく可愛い。熊はそんな声を出さないと思うけども。


「……おへそが見えてますよ小日向さん」


 手を上げたことで、彼女のパジャマも一緒に持ちあげられており、俺の視線の先には彼女の小さなおへそがこんにちはしていた。さきほどのお風呂では見ないようにしていた部分が、まさかお風呂上がりに拝めることになるとは。


 ――ってダメだダメだ! 女の子のおへそをしっかりと観察してどうする! 相手が「どうぞどうぞ」の姿勢であったとしてもよろしくないだろう!


 俺は無言で小日向の服の裾を下に引っ張って、彼女のおへそを封印。


 ふう、と嵐が過ぎ去ったような気分で俺は一息ついたのだが、小日向の攻撃はまだ続いているらしい。彼女はもう一度「しゃー」と言ったのち、身体を上下にぴょこぴょこと跳ねさせ始めた。非常によろしくない動きである。


「や・め・な・さ・いっ!」


 はしたないですわよ! もう少し淑女におなりなさい!


 危険すぎる動きだったので、俺はすぐさま上半身を起こして彼女の肩を抑えつけたのだが、彼女はそのままこちらに体重を預けてきてしまう。俺の腹筋だけでは彼女を支えることはできず、二人でコテンとベッドに横になる形となってしまった。


 俺の手は小日向の肩に、そして熊さんは俺の顔の両脇に手をついている。


「また暴走してないか、小日向?」


「…………(コクコク)」


「いや認めてどうすんだよ……」


 君はロマンチックを求めてクリスマスまで我慢するんじゃなかったのかい? 襲い掛かってどうする。まぁその自制心の弱さも小日向らしいといえばそうなのかもしれないが。


 出会った頃はこんなに積極的な女子だとは思いもしなかった。しかしそんな小日向も可愛いと思ってしまうから、俺も小日向にしっかりとご執心になっていると認めざるを得ないわけで。


「まぁ、小日向が暴走しても俺が我慢すれば」


 いいだけの話――と、言いかけて、停止。俺の視線は小日向の顔――より少し下。


 小日向は現在四つん這いの姿勢になっており、服はだらんと下に垂れ下がっている。さらにいうと彼女は珍しく胸元のボタンを二つも開けている状態で――まぁ何がいいたいかというと、胸元がぽっかりと空いているのだ。


 鎖骨から肌色がずっと続いていて、つい先ほど見たばかりのおへそまでしっかり見えてしまうほど――ん?


「……あの、小日向さん? 下着はどうしたの?」


 思わず顔を真横に倒して視線を逸らし、恐る恐る問いかける。


 網膜に焼き付いてしまった光景を思い返してみるが、そこに布らしきものはなかった気がする。代わりに小ぶりなふくらみが二つとおへそが見えただけだ。


 顔を引きつらせている俺の問いに対する熊さん小日向の返事は――「がお」だった。


 どうやら俺の理性強化トレーニングは、まだ終わっていないらしい。

 少なくとも、明日の朝までは続きそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る