第24話 判断ミス



 学校の愛されキャラである小日向に、朝の教室で肩ツンされてしまった。


 周囲に人がいなかったのならば「されてしまった」なんて言葉を遣わずに済んだものの、景一以外にも少数ながら目撃者がいたために、俺はそう言わざるをえなかった。


 そして、人の口に戸は建てられない――あっという間に俺と小日向が比較的仲の良い関係であるということが、クラス中に広まってしまった。

 小日向との関わりがクラスにバレてしまい、逆恨みをされることを俺は恐れていたのだが、周囲の反応は予想していたものとは大きく違っていた。


『もしかして付き合ってんのか!?』

『そういえば最近昼休み一緒に食べてるよなぁ。で、結婚式はいつあげるの?』

『って、キーホルダーおそろいじゃん! うわっ、いいなぁそういうの』

『女苦手の癖にやるなぁ杉野。おめでとう! 式には呼んでくれよな!』

『妬ましい……彼女持ちが妬ましい……そうだ! ナンパするかっ!』


 などなど。随分と邪推したことを言われはしたが、否定的なことを言ってくるクラスメイトは一人もいなかった。


 いちおうきちんと「そういうのじゃないから」と否定はしたけれど、はたしてあのニヤニヤしたクラスメイトの何割が信じてくれたのだろうか……せめて半数は理解してくれていたら嬉しい。


 ちなみに小日向は、黄色い声で騒ぐ女子に囲まれて、自分の席でプルプルと震えていた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 昼休み。

 俺たち四人は普段通りに中庭で昼食をとっていた。

 ここで急に一緒に食べるのをやめたりしたら、それこそ意識してしまっているみたいだし、通常どおりに行動するに越したことはない。


「な? 智樹は気にしすぎだーって言っただろ?」


 冴島が広げてくれたレジャーシートに腰を下ろしたところで、景一がそんなことを言ってくる。こいつの言う通り、俺はすこしばかり小日向のことを特別視しすぎていたのかもしれない。


 小日向がいくら人気者だとはいっても、漫画みたいにファンクラブみたいな組織があるわけじゃないからなぁ……自分が嫌われ者だったから、よりいっそう俺には小日向が輝いて見えていたのかも。


「まぁ……変に誤解されたことを除けば問題はなかったな」


 そう言いながら、俺はジト目を小日向がいるほうへと向ける。

 彼女は俺と視線が合うと、ツンとした態度で目線を斜め上に逸らした。なぜか彼女は朝の一件からずっと、俺から視線を逸らし続けているのである。


 仕草だけを見るのであれば、小日向はご機嫌斜めということになるのだろうけど、いかんせん耳と頬が真っ赤に染まってしまっているので台無しだ。


「小日向、昨日は『平気』って言っただろ。もしギブアップって言うならキーホルダーを外すけど」


 俺がそう言うと、小日向は慌てた様子でこちらを向いて、首を勢いよく横にぶんぶんと振る。やはり外すのは無しらしい。さっきまでのそっけないそぶりにはいったい何の意味があったんだよ。照れ隠しか?


 そんな風に他愛のないやり取りをしている様子を、冴島は腕組みして眺めていた。それから彼女は「うんうん」と言いながら頷いて、嬉しそうな表情を浮かべる。


「周囲の噂と事実は別物なんだしさ、周りのことは気にせずにいこう! もしかしたら噂が真実に変わっちゃう――ってことはあるかもしれないけどね」


 その言葉の最後に彼女は、いひひ――と、美しいとはお世辞にも言えないような笑い声を漏らす。すぐにでも井戸端会議のおばちゃんたちの中に混ざれそうな、上級者の笑い方だ。


「あのなぁ、冴島までそんなこと――」


 呆れ口調で冴島に文句を言おうとしている最中、俺は胸ポケットのスマホが振動していることに気付いた。チャットなどの通知は一瞬のバイブだけだが、現在俺のポケットでは振動が継続している。


「電話か? 誰だろ」


 話を中断して、スマホの画面を確認してみる。

 表示されている名前は『小日向静香』だった。小日向のお姉さんである。


「なぜかお前のお姉さんから電話だ。出てみるよ」


 小日向にそう言うと、彼女はキョトンとした表情で首を傾げる。景一や冴島も不思議そうに俺のことを見ていた。不審に思いながらも、あまり待たせても悪いので俺は『応答』のボタンをタッチする。いったい何の要件だろ。


「……もしもし?」


『おー! 智樹くんお久しぶり~。いま昼休みだよね? 電話大丈夫?』


「お久しぶりです。電話ってことは、なにか急用ですか?」


『急用だよ急用! ――あ、そういえば日曜日はお楽しみだったようだねぇ。昨日は明日香があまりにもルンルンしてたから、姉はビックリしちゃったよ! キスでもした?』


「するかバk――し、してませんよ。そ、それで急用ってなんですか!?」


 危ない。うっかり年上であるということを忘れて罵倒するところだった。


『智樹くんって平日はバイトなくて、暇してるんだよね?』


「? はい、そうですよ」


『よしっ! あのさ、もしよかったら前みたいに智樹くんの家に明日香を連れて行っててくれない? 実は今日、彼氏がうちに来たいって言ってさー、できれば九時ぐらいまで明日香のこと頼めたりしないかな? ね? お願いしますっ!』


 あぁ……なるほどね。そういうことか。


 前に遊んだ時は時間があまりなくて人生迷路ぐらいしかできなかったし、四人でゲームしてたらすぐに時間なんて立つだろ。前遊んだ感じを考えると、時間を持て余してしまうということはなさそうだ。


「ちょっと待ってください、小日向――明日香さんに確認しますから」


 そう言って、俺は小日向に事情を説明する。すると彼女は、コクコクと問題なさそうに頷いた。本人が俺の家に来るのを嫌がるようなら断るところだが、その心配はなさそうである。


「わかりました。もし時間がずれそうであれば、チャットで連絡してください」


『ありがとーっ! 明日香のことは合意の上でちゃんと避妊さえ――』


 慌てて通話を終了させた。真昼間からいったい何を言いだすんだこの人は……。

 というか小日向とそんなことをするとか――って、ダメだダメだ! 考えたらダメだ! 忘れろ俺!


 人知れず息を整えてから、俺は冴島と景一に目を向けた。

 なぜか二人は気まずそうに俺から視線を逸らしている。

 

「冴島も景一も、なぜ目を逸らす?」


 俺は疑問に思いながら首を傾けて、二人に問いかけた。


「いやぁ……実は俺、平日には基本仕事はないんだけど、先方の都合でどうしても――って感じでさ」


 頭を掻きながら、苦笑いで景一が言う。

 そして冴島は、


「あたしも基本用事はないんだけど、親戚が今日うちに来るから外食することになってて……」


 あはははは、と乾いた笑いを漏らす。


 …………うん。これはどう考えても二人にきちんと確認していなかった俺が悪い。

 平日はいつも用事のない二人だから、予定は空いていると勝手に思ってしまった俺が悪いのだ。



 だけどこの状況……いったいどうしよう。



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