第25話 二人きりの時間



 学校が終わり、俺たち四人は帰路についた。


 昼休みをともに過ごしているとはいえ、学校での関わりは基本的にそれぐらいしかないから、多くの学生に混じって一緒に下校することはこれが初めてだったりする。


 前回俺の家で遊んだ時は学食の掃除が終わったあとだったし、人の数もまばらだったからそこまで目立つことは無かったが、今日は終礼後すぐだから、当然人の数が多い。


「マジで景一や冴島がいてくれて助かった。あんな風に勘違いされた状態で二人で下校なんてしたら、もう噂を止められそうにないからな」


 時折こちらに視線を向ける桜清学園の生徒を横目に見ながら、俺はため息を吐く。

あの視線の数々は、はたして小日向を見て癒されているのか、それともモデルの景一を見て憧れているのか、共に下校している俺や冴島を嫉妬の目で見ているのか、悪評のある俺のことを見て陰口を言っているのか……判別は不可能だ。


 まぁ今日に限っては、俺と小日向の関係性を気にする野次馬が多くいそうな気もするが。


「帰り道一緒だし、気にするなよ。もし心配なら俺も一回智樹の家に入るふりをしようか? それぐらいなら時間あるけど」


「あたしも大丈夫だよ~」


 二人はそんな風に気づかいの言葉を掛けてくれる。

 景一たちの気持ちはありがたいが、さすがに俺の不安を解消する為だけにそこまでしてもらうわけにはいかないだろ。


「小日向はそうしてもらいたいか? いちおう、他のやつらには感づかれないよう気をつけるけど」


 俺だけの判断で答えるのも問題があるので、もう一人の当事者へと問いかけてみる。


 彼女は右手と右足を同時に前に出すという奇怪な動きで歩行しながら、ギギギ――という擬音語が聞こえてきそうなさび付いた動きでこちらを向き、首を横に振る。


 恋愛に無関心そうな小日向ではあるが、さすがに男の家に一人で上がり込むことには緊張しているらしい。

 俺は彼女に目を向けながら「本当に大丈夫かよ……」と呟いてから、景一たちに気持ちだけ貰っておくと伝えておいた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「俺だけ悪いけど、ちょっと部屋着に着替えてくるよ。小日向はお茶でも飲んでのんびりしていてくれ。九時まで時間はたくさんあるから、お前も楽にしてくれよ」


 テレビの前のこたつで行儀よくちょこんと座っている小日向は、俺の言葉にコクコクと頷いた。緊張はほぐれてきたようだが、時折あたりを見渡したりしてそわそわしている雰囲気がある。初めて俺の家に来たときより落ち着かない様子だ。


 そんな小日向に苦笑してから、俺は自室に移動してパパッとジャージに着替える。

 外着である制服から部屋着に着替えたことで、俺は幾分かリラックスした気持ちになることができた。形から入るってのは割と理に適っているんだな――と、使いどころを間違ってそうな感想が頭をよぎる。


 リビングに戻ると、小日向はこたつの上にスマホを置いていた。俺が戻ってきたことに気付いた彼女は、顔を俯かせた状態でスマホの向きを調整。画面を見てみると、そこにはこんなことが書いてあった。



『ふつつつつかものです』



「………………おぅ」


 反応に困った。

 まず『つ』が二つほど多いことにツッコむべきなのか、『ですが』と言葉が続いていないことにツッコむべきなのか、そもそも友人の家に遊びにくる時に使う言葉ではないだろうとツッコむべきなのか。


 ひとまず、俺は無難に「気楽にな」と返すにとどまった。


 小日向は俺の言葉を聞いてゆっくりと頷いてくれたので、たぶん返答としては間違っていなかったのだと思う。良かった。


 俺は息を静かに吐いて、最初の試練をクリアできたことに安堵する。しかしすでにこの部屋には、もう一つの試練が準備されていることに気付いた。


「……あー、うん。そうか、なるほどね……」


 小日向はテレビの正面――こたつの横長の面で、右側に寄って座っている。つまり、彼女の左側には人一人分が入るスペースがぽっかりと空いているのだ。


 小日向としては、前回俺の家に来たときと同じ行動をしただけなのだろう。きっと半ば無意識だったのだと思う。

 だけど以前とは状況が明確に違うんだよ小日向さんや。


 やっべぇ……どうしよ……。


 ここで冴島や景一が座っていた場所に俺がもし座ったとしたら、小日向を俺が避けているみたいに思われないだろうか。正直にいって、俺は小日向の隣に座ることに対して恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちしかなく、嫌悪の感情など1ミクロンも存在しない。


 迷って、動揺して、混乱した結果――なぜか俺は小日向の正面に座ってしまった。


「………………」


 いやいや何をやってんだ俺は! テレビが真後ろじゃゲームできんわ!


 俺の行動を不思議に思ったのか、小日向はキョトンとした表情を浮かべている。そんな彼女を見ながら冷汗を流していると、こたつの中でお互いの足が接触した。

 それは触れ合ったというレベルの軽いモノだったけれど、小日向の柔らかな足の感触と体温が靴下越しに伝わってきた。


 俺と小日向はほぼ同時にピクリと身体を震わせる。視線は合ったままだ。


「あ、ははは……この位置じゃゲームできないな、そっちにいくよ」


 そう言うと、彼女はようやく俺が隣に来るということに気付いたのだろう――顔を真っ赤にして、小さな身体をさらに縮ませてから、微かに首を縦に振った。


 俺がこたつから抜け出すときに、小さな足でツンツンとふくらはぎあたりをつついてきたのはきっと、彼女なりの照れ隠しなんだろうな。



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