第13話 初めてのボディタッチ




 何のゲームをしようか、という話になった。


 自慢じゃないが、俺の家には様々な種類のゲームがある。

 RPGはもちろん、バトルロワイヤル系、レース系、シミュレーション系、ボードゲーム系などなど。ほとんど網羅しているのではないかと思うぐらいには、数が多い。


 理由は俺が中古で気になったものを適当に買ったり、友人が俺の家でゲームをするために持ってきたりするからだ。景一が持ってきたソフトもいくつかある。


「種類が多いとは言っても、四人でやるとなるとある程度は限られるからな。冴島たちは苦手なジャンルはあるか?」


「うーん……特にないけど、操作をたくさん覚えなきゃいけないタイプのゲームは足をひっぱっちゃうかも」


 冴島がそう言って、小日向も同意するように頷く。

 そりゃ初見でプレイヤースキルが重要視されるようなゲームをしても楽しめないだろう。適度に運が絡むような感じで、四人でわいわい楽しめるソフトがいいよな。


「じゃあ『人生迷路』にしとくか? 操作簡単だし、ミニゲームも面白いしな」


「おっ! いいねいいね! あたし好きだよ人迷じんめいっ!」


 人生迷路――略して人迷。

 これは簡単にいうとスゴロクのようなゲームだ。国内国外問わずに大ヒットしているゲームであり、既に10作以上のシリーズ作品が発売されている。子供から大人まで遊べるし、操作は単純なので難しくもない。


 最新作は中古でも高いからまだ持っていないが、その一つ前のソフトならば俺も買った。


「小日向も景一もそれでいいかー?」


 引き出しの中を覗き込んでソフトを探しつつ、二人に問いかける。


「いいじゃん! いつもと違うメンバーだし面白そうだ。小日向も賛成って言ってる」


 俺の視界に彼女はいないが、賛成ということはおそらく頷いているんだろう。


「了解、じゃあ景一は本体準備するの手伝ってくれ」


「おっけーい!」


 景一はそう元気よく返事をして、てきぱきと慣れた様子でコードを繋いでいく。

 このゲームなら軽く談笑しつつできるだろうし、無理に相手に気を遣ってプレイする必要もないだろう。

 とりあえず今日の急な訪問は、このゲームのおかげで平和に乗り切ることができそうだ。





 などと思っていた時期が俺にもありました。


「その、小日向――これは俺の意思とは関係なくて、あくまでルーレットのせいというか……いや、別に小日向が嫌とかそういうわけじゃなくてだな」


 言い訳のように、俺はそんな情けない言葉をつらつらと並べる。


 額に冷汗を滲ませながら必死に弁明する俺を、景一と冴島はニヤニヤと楽しそうに見ていた。


 お前らは他人事でいいよなぁ! 少しは当事者たちの気持ちも考えてくれよ! 気まずくてしかたないんだが!?


「………………」


 そして俺の魔の手に捕まってしまった小日向はというと、隣に座る俺のことを一切見ようとせず、俯いてコントローラーに視線を落とすか、上目遣いでテレビの画面を見るかのどちらかだ。


 そして、いつものように頷いたり首を振ったりすることもほとんどない。たまに顔を5ミリぐらい動かしてくれるものの、擬音語がつけられるような大きな動作はない。


「いやぁ、お二人は子沢山で羨ましいですなぁ」


「ぶっとばすぞ景一! これはあくまでゲームだからな!?」


 景一の言う通り、俺と小日向の間にはすでに多くの子供が誕生している。ついさきほど7人目の子供が生まれた。生ませてしまった。


 男四人でこのゲームをやるときは、ゲーム内に登場する女性キャラとランダムで結婚していたのだが、プレイヤーに女性がいる場合、そちらも結婚対象になることをすっかり失念していた。


 仕方ないだろ! 女子とゲームとかしたことないんだから、そんな仕様すっかり忘れてたわ!


 恐る恐る隣に座る小日向に目を向けると、彼女は顔を赤くして、微かに震えている気がする。

 ゲーム内でとはいえ、同級生と結婚することになればそりゃ恥ずかしくもなるだろう。しかも相手に子供を産ませられているのだ。気まずくないはずがない。


 彼女の感情が『屈辱』でないことを祈るばかりだ。


 景一がルーレットを回している間に、小日向にひそひそと声を掛ける。


「お、怒ってるか小日向? 嫌な気分にさせてしまったならすまん」


 そう問いかけると、小日向はごくごく僅かに首を横に振る。

 注視していないと見逃しそうなレベルだが、否定の意を示したことはたしかだ。大丈夫、ということだろう。


「そそそそ、そうか、ゲームが飽きたならいつでも言ってくれ。それと、また生ませてしまったらすまん。先に謝っとく」


 現実世界で聞いたならば、責任感を感じられない非常に最低な男の台詞ではある。


 だが、ゲームだと他のプレイヤーからお祝い金がもらえたり、最後の決算の時にもメリットがある。いいこと尽くしのはずなのだが、相手がクラスメイトの女子となると、そればかりに目を向けてもいられないのだ。


 もう最下位で構わないから、平穏に終わってくれ。


 そう願いながら冴島の起こしたイベントを眺めていると――、


「――――へ?」


 ぺち――と、俺の右肘のあたりを、小日向がその小さな手で叩いてきた。いや、触られたと言ってもいいぐらいに軽いものだったのだが、意外すぎる行動に思考が一瞬フリーズしてしまう。


 なんだ――いったいなんなんだ今の動作は。どういう意図があっての行動だ!?


 急に叩かれたことに対しての、嫌悪の感情は一切湧いてこない。

 女子に触れられたことで、ただただ頭がパニック状態になっているだけである。


 俺は錆びたブリキのようにぎこちない動きで、首を動かして小日向を見た。


「………………」


 相変わらずの無表情。だが、顔は先ほどよりさらに真っ赤に染まっている気がする。

 そして小日向は俺の視線から逃れるように、顔を右に向けるのであった。




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