第14話 家から家へ




 俺と小日向の子作り物語――ではなくて、人生迷路は冴島が僅差で勝利をもぎとる結果となった。ちなみに二位は小日向で、三位が景一。俺の順位は言わずもがな。


 ミニゲームではそこそこ勝てていたんだけどなぁ、いかんせんルーレット運がなさすぎた。あそこまで子作りに極振りした回は、きっとこれが最初で最後だろう。


「そろそろお開きにするか。外も結構暗くなってきているし」


 時刻は夜の七時半を少し過ぎたころ。


 時間があれば他のゲームをしても遊んでも良かったのだが、女子もいることだし、あまり遅くなっては彼女たちの家族も心配するだろう。


 ちなみに景一の場合は、いざとなったら泊まればいいからあまり心配していない。布団もあるし、向こうの家族も公認だし。


 急に学校の女子二人が来ることには戸惑ったけれど、終わってみれば結構楽しめたと思う。


 俺に対し罪悪感を抱いていたらしい冴島は、ゲームをしているうちに元の明るさを取り戻したように見えた。だが一応彼女は喋りすぎないように気を付けているようなので、俺としてはそこまで苦に感じない。


 小日向はというと、俺との子供がたくさん生まれたせいか、ゲームが終わってからも少しぎこちないように見える。最後にもう一度肘を叩かれたけれど、俺としてはタッチされたぐらいの感覚だった。


 しかし小日向にはもうちょっと俺の気持ちを考えてほしいところだ……あと、自分の愛らしさを自覚してほしい。思わず頭を撫でそうになってしまったぞ。


「冴島と小日向の家はどっち方面?」


 俺と一緒にゲームを片付けていた景一が、残ったお茶を飲みほそうとしている女子二人に問う。


「――ん。あたしはこのマンションからだと……駅側かな? ちょっとだけそれるけどね。明日香はイレブンマートの近くだよ」


「なるほど」


 となると……冴島は景一と一緒に帰ってもらえばいいとして、俺は小日向を送り届ける感じがいいか。


 家までの距離が近いとはいえ、夜に小日向のような小柄で可愛い女の子を歩かせるなど、俺としては気が気じゃない。相手が了承してくれるのならば、俺の心の平穏のためにも是非送らせてほしい。


 ――はっ! また保護欲が増加しているような気がする!



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「じゃあまた学校で」


 マンションから出たところで、俺は景一と冴島に向かって別れの挨拶をする。


 この二人、一時は少し険悪っぽい空気だったけれども、そんな雰囲気は現在まったく感じられない。例の苦手克服会議とやらの影響だろうか? そもそも俺が原因だったし、仲直りしてくれたなら良かったと思う。 


「おう! またな智樹、小日向!」


「杉野くん明日香をよろしくね~、君なら大丈夫だとは思うけど、送り狼になったらダメだからね!」


「アホか! ……小日向は俺がちゃんと送り届けるから、安心してくれ」


 俺の言葉に、冴島は満足そうな表情で「うんうん」と言いながら頷いた。ちなみに景一はニヤニヤしている。ムカつくので、俺もニヤニヤで返してやった。特に意図はない。




「イレブンマートの近くだったら、便利だな」


 小日向と街灯が照らす住宅街を歩きながら、俺は独り言のように呟く。

 一つ隣の通りはそこそこ車が通っていて、時々車の排気音が聞こえてくる。だけど、その合間はお互いの足音が聞こえるぐらいには静かだ。


「ゲームぐらいしかしてないけど、楽しめたか?」


 小日向の顔がある左下方向に視線を向けて問いかけると、彼女は制服のポケットからスマホを取りだした。どうやら文字を打ち込もうとしているようなので、足を止めて彼女が入力するのを待つ。


 画面を見せてもらうと、そこには『楽しかった』の文字が記されていた。確認して、再び二人で歩き始める。


「そっか。俺も女子と遊ぶのは初めてだったからどうなることかと思っていたけど、意外と楽しめたよ。あの子作りラッシュにはさすがに焦ったけどな」


 そう何気なく呟くと、小日向が歩きながら俺の腰辺りをぽす――と叩く。


「あははっ、悪い悪い。でも俺も恥ずかしかったんだからお互い様だろ」


 軽く笑いつつ小日向の反応を確認すると、彼女は視線を足元に向けながら小さく頷いていた。

 そういえば景一が小日向は俺に懐いている――なんてことを言っていたけど、この何気ない身体の接触はつまり、そういうことなのだろうか?


 まぁ、本人に向かって「俺に懐いてるの?」なんて聞くことができるはずもないので、結局は予想することしかできないのだが。


 俺と小日向の間には手をつなぐには少し遠いぐらいの距離がある。出会った当初からの無表情も変わらない。だけど、心の距離はいくらか近づいているように感じた。




 小日向の家は、本当にイレブンマートの近くだった。コンビニからおそらく徒歩一分もかからないだろう。この24時間営業のコンビニは俺もよく利用するので、なんとなく彼女に親近感を覚える。


 年頃の女子だし、家を知られたら嫌がるかもしれないと思って「行き先はコンビニにしておこうか?」と確認したけど、小日向としては家まで来ても別に問題ないとのことだった。


 警戒心がまったくないように感じたので、つい「そう簡単に家の場所を教えるもんじゃないぞ」などと、保護者みたいな注意喚起をしてしまった。俺は心配だから送らせてもらったほうが良いのだけども。


 そしてたどり着いた小日向家。


 街並みに溶け込んだごく普通の一軒家で、植栽は綺麗に手入れされているようだ。周囲が暗いので、ライトに照らされている一部しかはっきり見えないものの、丁寧にカットされているのが分かる。


「今日はありがとうな。俺の苦手克服のため――って感じなんだろうけど、楽しかったよ」


 門扉の前で、別れる前に声を掛ける。小日向はコクリと頷いた。


 彼女は俺の顔をチラっと見たあと、どこかそわそわした様子で俺へと一歩近づく。そして俺の胸の前で、顔を俯かせていた。俺からつむじが良く見えるような体勢である。


 この行動はいったいどういう意味のボディランゲージなのだろうか……。頭を撫でてほしいとか……? いやいや、それはさすがに違うだろう。


 理由を考えてみてもわからなかったので、彼女に質問してみようかと考えていると「ガチャ」という音が小日向の家の玄関から聞こえてきた。


 そして――、


「……あーら、あーらあらあらあらあらっ! もしかして君は噂の杉野智樹くんかな?」


 玄関から、グレーの上下スウェットを身に着けた、大学生ぐらいに見える女性が姿を現した。


 髪は明るい茶色に染めているし、身長も身体つきも小日向とは違っていて、パッと見た感じだと姉妹に見えない。だがよくよく観察すると、口や目元など、各所のパーツに同じ雰囲気を感じる。


 突如現れた小日向のお姉さんと思しき人は、口元に手を当て、ニヤニヤとした目つきで俺と小日向を交互に眺めていた。財布を手に持っていることから、コンビニに行こうとしていたのではないかと推測する。


 初めて会話する女性はやはり、少し息苦しいな。


「あー……はい、杉野です。えっと、今日は小日向――明日香さんたちと俺の家でゲームしていたんですけど、家が近いので送らせてもらいました」


 会釈しながら、変に勘違いされないように説明する。

 隣の小日向がピクリと身体を震わせていた。原因は不明。


「うんうん。妹と野乃ちゃんから聞いているよ。君はまだ高校生だっていうのに一人暮らしをしているらしいね、バイトも頑張っているみたいだし」


 野乃ちゃん――あぁ、冴島のことか。小日向と冴島は昔から仲が良いみたいだし、家族とも交流があるのだろう。


 というか俺の情報筒抜けだな。別に隠しているわけじゃないから構わないんだけども。

 心の中でそんなことを考えながら苦笑していると、お姉さんは何かを思いついたようにポンと手のひらに拳を落とす。

 そして――、


「せっかくだし、ちょっと上がっていったら? うちは母子家庭なんだけど、お母さんは仕事でいないから家には私しかいないよ」


 そんな驚くべき発言をしたのだった。



 


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