第205話 フライングした



 その後木曜日、金曜日。


 小日向は俺の誕生日プレゼントをほぼ付けたままで過ごしていたし、彼女にそのことを注意するような生徒や教師はいなかったし、お姉ちゃんムーブは継続していた。


 イヤーマフや手袋等の外見に関しては慣れてしまえばさほど気にならなかったけれど、彼女が年上であるという現状は俺もなかなか慣れずにてこずった。


 小日向は昼食時に行われる拒否不可能な『はいあ~ん』を始めとして、特に汚れてもいない俺の制服をパタパタとはたいてくれたり、乱れてもいない俺のネクタイを締めなおしてくれたりする。移動教室の時も俺の手を引いて――いや、これはいつもとあまり変わらないか。


 金曜日の終礼間際に、年に一度ある一週間イベントと思えばなんとなく名残惜しい気もする――そんなことをうっかり呟いてしまったのだけど、それをはっきりと景一に聞かれてしまったのが俺の今年最大の失態。まぁ「来年が楽しみだな」と、特に俺をからかうことなく言っていたので、俺も「そうだな」と短く返答した。


 学校での変化に加えて、放課後にも変化があった。


 毎日というわけではないが、特に用事がなければ俺の家に集まることが多いのだけれど、小日向の誕生日以降の平日、女性陣は俺の家に一度も足を運ばなかった。小日向に「何か用事でもあるのか?」と聞いてみたけれど、彼女はにんまりとした笑顔を浮かべるだけで何も言ってくれない。どうやら女子二人で何か企んでいるようだ。


 俺の誕生日間近だし、その関係であればいいなと思ったのはここだけの話。

 で、土曜日のバイトが終わって自宅で部屋の片づけをしながらのんびりしていると、いつものように静香さんから「着いたよ~」という連絡が入った。エレベーターを使い、マンションのエントランスに小日向を迎えに行くと、白い布袋に入った小日向がいた。


『お届け物です』


 静香さんの横でプレゼントスタイルになっている小日向は、そんなスマホの文面を俺に見せつけてくる。お届け物が自ら伝えてくるとは斬新だな。


「こんばんは静香さん、送迎ありがとうございます。小日向、そのスタイルは久しぶりだな」


『誕生日プレゼントは別にあるから安心して』


「……その言い方だと、小日向自身がプレゼントであることはマジなんだな」


『これで身も心も智樹の物』


「変な言い方せんでよろしい!」


 そんなふざけたやりとりをしてから、もう一度静香さんにお礼をいったのち、俺たちは建物の中へ。途中、このマンションに住む女子大生と三十代半ばぐらいのサラリーマンの男性とすれ違ったのだけど、その双方から「あ、今日はお泊まりの日なんだね。それ可愛い!」とか、「二人はいつも仲良しだね。あまり夜更かししてはダメだよ」などと声を掛けられた。


 小日向もこのマンションの住人に何度も目撃されているから、いつの間にか覚えられているらしい。このマンションに一人ぐらいKCCがいてもおかしくはないな。


 まぁそれはいいとして。


「それにしても、今日はなんでまたそのプレゼント仕様なんだ?」


 白い布袋に包まれ、首元を赤いリボンで結んでいる小日向と並んでこたつに入り、聞いてみる。すると彼女はモコモコスタイルのままスマホをポチポチと弄り、こちらに見せてきた。


『誕生日が楽しみすぎてフライングした』


 ……なんでこんなにいちいち言うことが可愛いのだろうかこの子は。


 顔や仕草だけでもファンクラブができてしまうほどの可愛さだというのに、それにこの言動まで加わったらもう限界突破だろ。俺を悶え死にさせるつもりかこいつ。身内でもここまで俺の誕生日を特別視していないぞ。まぁ親父からは、誕生日当日に荷物が届くからよろしくと連絡はあったけども。


「っていっても、当日は特にやること考えてないぞ? いちおう優と薫も顔出してくれるみたいだけど、ケーキ食べてゲームするぐらいだし」


 小日向の誕生日と違って花火が上がるわけでもないから、いたって平凡な誕生日会になりそうだ。まぁ比較対象がアレなだけで、友人たちが集まってくれるだけでも十分すぎるぐらい嬉しいのだけど。


 小日向を含む友人たちが楽しんでくれたらいいけど、そんな事を考えていると、小日向がツンツンと俺の肩をつつく。


『誕生日会が目的じゃない』


 そんな文章を俺に見せた小日向は、俺の膝をよいしょよいしょと動かして、自分の入り込むスペースをこじ開ける。俺の膝の間にすっぽりと収まった小日向は、そのまま後頭部を俺の胸に擦りつけながらスマホを操作。


『十二月二十日は智樹が生まれて嬉しい日』


『めでたい日』


『朝からずっと楽しい日』


 次々に、言葉を打ち込んでは俺に『見て!』と言った感じで見せつけてくる。

 これ以上やられると人には見せられない表情になってしまいそうだったので、俺は「ありがとな」と口にすることで彼女の動きを止めることにした。


 彼女の可愛さの上限は、いったいどこにあるんだろうか。



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