第204話 名前呼び
その日の昼休み。
小日向による誕生日アピールは勢い衰えること無く続いており、中庭にやってきた今も小日向は『智樹に貰った!』という紙をすれ違う生徒や教師に対し自慢げにみせびらかしている。
誰か一人は嫌な顔――とまではいかなくとも、苦笑ぐらいしても良さそうなものだが、このKCCはびこる桜清学園に少しでも期待した俺が間違っていたようで、全員が全員、お遊戯会の発表を見守る保護者のような優しい笑みを浮かべていた。もともと小日向に対して保護欲を感じていた身としては、彼らの表情の変化に納得できてしまうんだよなぁ。
冬になってから中庭にくる回数は減ってきているけれど、日が照っている時はまだぎりぎり心地いい。中庭に来ている女子たちは制服の上からカーディガンを羽織っている人がほとんどだけど、スカートだからそれでも寒そうである。今はまだ大丈夫だろうが、一月や二月になるとさすがに辛いだろうな。ブランケット必須になるだろう。
ちなみに冴島と小日向の二人も、例に漏れずクリーム色のカーディガンを羽織っていた。小日向のような小柄な人に合うサイズが無かったのか、それとも単純なミスなのか、好みなのかは定かではないけれど、彼女の羽織るカーディガンは少しだぼっとしていて可愛い。
「今日はどの辺りにいこっかなー」
「さすがにこの時期だと日陰は寒いよな~まぁ去年と同じく人は少ないから、場所探しには困らないだろ」
「そだね~リクエストはある?」
「うーん……智樹の意見を採用するなら、人の視線が気にならないところかな?」
中庭に到着し、辺りを見渡しながらカップルコンテストの優勝者たちがそんな会話をしている。その後ろで、俺は左手を小日向に誘拐されていた。行き先は彼女のカーディガンの右ポケットである。
「おい景一、俺の意見を勝手に代弁するな――それと小日向、俺には自分のポケットがあるからわざわざお前のポケットをする必要はないんだが」
「…………(ぶんぶん)」
「入れとかなきゃダメな感じですか?」
「…………(コクコク)」
「わかったよ――あー、スマホを扱うのは後にしとけ。手が塞がってるし、手袋付けたままだと操作しにくいだろ? バッグとそのプラカードみたいなの置いてからな」
『智樹に貰った!』
「お前の自作だろうに……」
文脈を無視してとりあえず見せつけてみたという感じなのだけど、なぜか本人はどや顔である。
ま、楽しそうでなによりだ。誕生日が終わってすぐ日常に戻ったんじゃ、ちょっと物寂しい感じがするからな。なにより小日向が楽しいと俺も楽しい気分になるし、きっと冴島も楽しいだろうし、冴島が楽しければ彼氏の景一も楽しいはず。教室の中だって、楽しい気分の人がいたら空気も良くなるよな。
KCCは――うん。保健室の利用が増えそう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ずっと気になってたんだけど、聞いていいかな?」
夏場利用していた木陰の近く――日の当たる中庭の隅の方にレジャーシートを広げ、それぞれが昼食の準備を終えたところで冴島がそんな風に声を掛けてきた。
「内容がわからないからなんとも言えないが……まぁ後ろめたいことはないし、いいんじゃないか?」
そう冴島に返答したのち、冴島の隣で菓子パンを頬張っている景一に目を向けてみると、どこかの無口な少女のようにぶんぶんと顔を横に振っていた。どうやらこいつもなんのことかわかっていないらしい。
「なにか特別な理由があるんなら別にいいんだけどさ、明日香は杉野くんのこと『智樹』って呼ぶでしょ?」
「ちょっと待とうか冴島。それは止めておこう」
冴島が俺に聞きたいことがなんなのか一瞬で理解し、俺はすぐさま中止を要請した。しかしバカップルの片割れが「あー、それな。俺もずっと気になってた」などと親友を見捨て、意地の悪そうな表情を浮かべる。
そして俺の足の間に挟まって、体重を俺に預けていた小日向もぐりぐりと俺の胸に頭をこすりつけ始めた。耳当てがずれちゃうから止めなさい。
「あ、あのなぁ、俺と小日向はお前たちと違って付き合ってるわけじゃないんだからな? 別に名字で呼んでもおかしくないだろ?」
「それこの学校の誰に言っても信じないぞ」
「信じる信じないじゃなくて事実なんだよ!」
「でもカップルコンテスト殿堂入りだよ?」
「それは小日向が可愛すぎることが原因だっ――あ、あーはいはい。いまはスリスリせずにじっとしててくれ頼むから。というか手袋付けたままだと箸持ちにくくない?」
『智樹に貰った!』
「俺からのプレゼントなんだからそりゃ知ってるよ……」
相変わらずマイペースで可愛いのだけど、いつもの小日向だったら、『明日香って呼んで』とか言い出しそうな気がするから、少し違和感がある。
小日向は名前で呼ばれることに対してあまり関心がないのだろうか――そんなことを考えていると、冴島が小日向に「杉野くんに『明日香』って呼んでほしい?」と質問した。
それに対する小日向の返答はというと、
『記念日から名前で呼んでもらう』
なんとも強制的なものだった。
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