第203話 智樹に貰った!



 小日向から可愛らしい写真が送られてくるとともに、『私は十五枚送った』という脅迫のような文章が添えられてきた。


 てっきり「私の写真が欲しいのなら、智樹の写真を五枚ちょうだい」というちょっぴり我儘な要求かと思っていたのだけど、どうやら彼女的には「私が一枚送るごとに五枚よこせ」という考えだったようだ。恐ろしいが可愛い。


 だけどさすがに枚数が枚数なので、どうにか譲歩していただけないだろうかと提案したところ、まるで事前に俺が相談してくることを想定していたかのように、すぐさま長文が返ってきた。


 小日向曰く、とりあえず今日のところは私と同じく十五枚でいいよと。その代わり明日から一ヶ月間、毎朝毎晩写真を送って欲しいと。小日向の手のひらの上で転がされているような気がしてならないが、俺としてはその条件のほうが楽なので提案に乗ることにした。


 ま、ぶっちゃけて言ってしまえば、これは俺と小日向の間だけの話だからそこまで気にする必要はないんだよな。小日向は意外と独占欲が強い部分もあるから、俺の写真を色々な人に見せびらかすようなこともしないだろうし。だから恥ずかしいことは恥ずかしいけれど、顔を真っ赤にして顔を覆いたくなるレベルではない。



 誕生日の翌日である水曜日。


 景一とともに学校に登校した俺は、自分の席で火照り切った顔を周囲に見られまいと必死に顔を隠しつつ、身体ごと真後ろを向いて視界に小日向が入らないように努めていた。


「もう諦めたら? 小日向あんなに嬉しそうなんだからいいじゃん」


 指の隙間から見る景一は、ニヤニヤとした表情でそんなことを言ってくる。さらに「無表情だった時の小日向を思い出したら、止めようとは思わないだろうけどな」と、俺の心を見透かしたようなコメントまで付け加えてくる。うるせぇ。


「可愛い誕生日プレゼントだね! 杉野くんわかってるぅ!」


「まるで小日向のために存在するかのようなイヤーマフだな」


「手袋もいいね! 小日向ちゃん手がちっちゃいから、このサイズ探すの頑張ったと思うよ~」


 俺の背後では、そんな風に俺が小日向にあげた誕生日プレゼントを称賛する声が続々と聞こえてくる。まったく聞いたことのない声も混じっているから、別のクラスの生徒もいそうだな。プレゼントを褒められて嬉しいけど、恥ずかしい。


 しかしこれが登校したてのHR前ならばまだ良かったのだけど、すでに三限の授業が終わったあとなんだよなぁ……。


「というかなんで先生たちは一人も注意しないんだ。おかしいだろ」


 今朝、小日向は意気揚々とイヤーマフと手袋を装着した状態で教室に現れて一波乱を巻き起こしたのだけど、それからHR中だろうと授業中だろうと、彼女はずっと防寒具を身に着けたままなのである。何度か後ろから「外したほうがいいぞ」と声を掛けたのだけど、みんなに自慢したいと返されてしまった。


 ちなみに小日向は一限目の自習の時間に割り箸と画用紙を使って『智樹に貰った!』というプラカードを作成しており、それを掲げて周囲の人たちに説明していた。さすがにスマホを毎回記入するのは大変だったのだろう。


 教室に四限目の授業を担当する日本史の岡島先生が入ってくると、小日向の元に集まっていた生徒たちはちりぢりになったようで、プレゼントを称える声も聞こえなくなった。そのタイミングで、背中をトントンと叩かれる。言わずもがな、小日向だ。


 身体の向きを正面に戻してみると、彼女はこちらにスマホの画面を向けており、なおかつ『智樹に貰った!』のプラカードも掲げていた。ちなみにスマホの画面に映っているのはメモ帳ではなく待ち受け画面――今朝俺が寝起きで送った眠そうな表情の写真が表示されている。よくそのやる気のない顔を待ち受けにしようと思ったなこいつ。


「そりゃその写真を俺以外に貰ってたら驚きだわ……というか、待ち受けにしてたのか」


『これから一ヶ月日替わり智樹』


「日めくりカレンダーみたいに言うんじゃありません。というか、いい加減手袋とか外さないと、没収されるかも――いや、ないな。岡島先生いままでにないぐらいほっこりした表情してるわ。なんでだよ」


 俺が呆れたように口にすると、後ろから景一も「小日向を見る時ぐらいだよな、岡先のあの顔」と援護射撃までしてくる。お前は黙っとれ。この人までKCCなんじゃないかと思ってしまうだろうが。


『似合ってる?』


「はいはい、そりゃもう似合ってますとも。だけど手袋とかずっと付けてたら蒸れない? 汗でべちゃべちゃになっちゃうぞ」


『時々外して、パタパタするからいい』


「さいですか……」


『今週はずっと付ける』


「マジですか……」


 ふすふすしながら俺にスマホを見せてくる小日向は、景一が言うように本当に嬉しそうで……もう学校側が何も言わないのであれば別にいいのでは? という考えに俺も変わっていった。


 しかしそれでも恥ずかしさはあるから、クラスメイトにからかわれる未来を想像するとため息は自然と出てきてしまう。


 すると、そのため息を聞いた小日向が『智樹が嫌なら外す』と眉をハの字に、そして口をヘの字に曲げてメモ帳に記入。そんな顔をされてしまったら、俺も「嫌じゃないよ」と返す以外選択肢はないわけでして。


 それに加えて、


「智樹、ありがと」


 耳元に顔を近づけてそんなことを言われてしまえば、俺に彼女の暴走を止めることなどできるはずもないのである。



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