第242話 看病とちゅー



 学校が始まって数日。


 一月はこれといって目立った行事はなく、強いて言えば実力テストがあるぐらい。明日香と付き合い始めたことで何か変わるかと思っていたけど、実際は何もかわらなかった。しいて言えば明日香の名前を呼んだ時に、クラスメイトからニヤニヤとした視線を送られるぐらいである。


 で、今日は珍しく明日香と学校に登校していない。

 というのも、本日彼女は風邪で学校を休んでいるからである。ひとりでマフラーを占有していたから温かさは増しているはずなのに、登校中はいつもより寒く感じた。


「付き合い始めの友人がいたら、『もうキスぐらいしたか?』って問いかけたりするもんだと思うんだがな……小日向は大丈夫なの?」


 学校に登校しぼんやりとグラウンドを眺めていると、景一が声を掛けてきた。バッグを机の横にかけて、苦笑しながら俺に目を向ける。


「三十八度だってさ。行きがけに家に寄って、アポカリプスとかゼリーとか届けておいた――っていっても、それぐらい唯香さんとか静香さんがすでに買ってたかもしれないが」


「ほうほう……でも彼氏となった智樹としては、何かしてあげたかったと」


「すぐからかおうとしやがって……恋人関係なく、明日香に対してはそれぐらいするよ。学校の通り道だし、コンビニが近いからな」


 仮に景一が明日香と同じ位置に住んでいて、同じように体調を崩したのなら同じことをしただろう。たぶん。


 放課後に明日香の家に行くかどうかは、学校が終わってから本人に聞いてみることにしよう。さすがにキスはお預けだが、咳を直接あびなければ簡単に風邪が移ることもあるまい。



 もともと席が近かったし、学校にいる間はほとんど一緒に行動していたために、すごく違和感がある。昼休みなんかも明日香のいつもいる場所に目を向けてしまったり、移動教室の時も戸惑った。


『智樹成分が不足』


 終礼が終わったころ、そんなチャットが俺のスマホに届いた。

 俺も明日香成分が不足しているが、家に行って迷惑じゃないのだろうか?

 そんなことをチラッと聞いてみると、彼女は是非来てほしいとのこと。俺に風邪が移るのを心配していたが、まぁマスクでも付けていれば問題ないだろう。


 クラスメイトたちに「お見舞い行ってあげなよ」とからかわれつつ、下校。

 景一と冴島も明日香の家に一緒に来たのだが、彼らは玄関先で明日香と軽く話しをして、すぐに帰ってしまった。熱はもう下がったようなので、玄関まで来たようだが、それでも本調子ではないことはたしかだ。いつもなら、俺の顔を見るなり胸に飛び込んできそうだし。


「熱が出て体力使ってるんだから、早くベッドに戻りなさい」


「…………(コクコク)」


 靴を脱ぎ、揃えて端に置く。うさ耳パジャマを身に付けた明日香の背に手を添えながら、二階にある彼女の部屋に向かった。

 相変わらず綺麗に整頓された部屋で、体調を崩したとはいえ散らかった様子はない。

 枕元には、俺が今朝持って行ったアポカリプスが半分ほど減った状態で置いてあった。


「ちゃんと水分とるんだぞ?」


 ベッドに腰かけた明日香にそう言うと、彼女はコクリと頷いて、ペットボトルを手渡してくる。これは蓋を開けて欲しいということだろうか? 甘えモードかな?


「はいはい――ゆっくり飲むんだぞ」


 蓋を開けたペットボトルを渡すと、明日香は両手でソレをもってコクコクと喉に流し込んでいく。飲み終わると、俺に再度ペットボトルが返ってきた。


「横になってた方が楽だろ? 俺もここにいるから、好きなようにくつろいでくれ」


「…………(コクコク)」


 俺の言葉に頷いた明日香は、いそいそと布団をめくってその中に身体を収める。そして、「智樹」と小さな声で俺の名を呼んだ。


「んー? どうした?」


「ありがと」


「どういたしまして――っていっても、たいしたことはしていないけどな」


「好き」


「俺もだよ」


「ちゃんと言って」


「……好きだよ」


 目をまじまじと見ながら言うことはできなかったので、一瞬視線を逸らしてから口にした。明日香の顔に再び目を向けた時には、彼女は大層ご満悦な表情でふすふすと鼻を鳴らしていた。


「お礼にちゅーしていいよ」


「お前がされたいだけだろ?」


「うん」


 相変わらずストレートな感情表現ですこと……! KCCなら尊死してるね!

 ペシペシと俺を誘導する様に、自分のおでこを叩く明日香。可愛い。

 軽く触れるような口づけをすると、むふむふと楽しそうに彼女は頬を緩める。そしてもう一度ペシペシ。


 彼女に対するキスは三回が基本であることを、すっかり忘れていた。


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