第241話 朝の一幕
年末年始に休業していた喫茶店でのバイトも再開し、親父は仕事に戻って、一月六日の金曜日――再び学校が始まった。
一月とだけあって、気温は一桁であることがほとんどだ。冷え込む時間帯には、マイナスになることもある。
玄関の扉を開けると、さっそくからっとした冷気が頬を撫でてくる。首は明日香から貰ったマフラーで守られているが、手は無防備だったので、鍵を閉めるとすぐにポケットに逃げ込ませた。
エレベータ―を下り、エントランスを出る。
家を出る時にチャットで「今から出る」と連絡をしているので、始業式とはいえ、明日香が寝坊しているということはないだろう。ちゃんと返事はきたし。
日常的に見てきた景色が、なぜか新鮮に感じる。寂し気に感じていた枯れ木も、冬というイベント満載の季節を感じさせてくれるし、行きかう人々に対しても、それぞれ「恋」をしているんだろうかと考えるようになったり。
それはやはり、明日香が彼女になったということが大きく関係しているのだろう。
「『恋愛とはこういうもんだ』――なんて人に説明されても理解はできそうにないな。百聞は一見にしかずとはよくいったもんだ」
ぽつりとそう呟き、信号で立ち止まると、無意識にため息が出た。
早く明日香に会いたいと脳が叫んでいるようで、笑ってしまった。
「見えてるぞ」
明日香の家にたどり着く一分前。
一軒家が並ぶ通りで、電柱に隠れている明日香の姿を見つけてしまった。
小さいから隠れられそうなものだけど、彼女が周囲と比べて小さいのはあくまで身長で、横幅に関してはそんなに極端なものではない。まぁ身体はしっかり隠れているんだが、バッグが見えてしまっているんだよな。バッグの高さ的に、明日香で間違いないだろう。
俺の声にピクリと反応した明日香は、ゆっくりと電信柱の陰から姿を現した。
「おはよ」
「おはよう明日香」
挨拶を交わすと、さっそく明日香は俺のすぐ傍まで駆け寄ってきて、頭突き。ぐりぐりとひとしきり俺の胸の感触を味わったのち、俺が巻いているマフラーを自分の首にも巻き始めた。
新学期もやっぱりそれは継続するのね……。
耳当てと手袋をしておいて、マフラーをしていない状況からこうなることは想像できていたけども。
「おはようのちゅー」
「あれは寝起きの挨拶にするもんじゃないの? というか、ここ外なんだけど」
そうやって口では愚痴っぽい言葉を口にしつつも、俺は周囲を素早く確認してからおでこに三回のキスを決める。ハットトリックだぜ。
ちなみにこうして三回キスをしておかないと、ほぼ確実に明日香は要求してくるだろうから、前もって行動しておいたのだ。人間は学習する生き物なのである。
「だけどさ、俺たちが付き合ったことってどのぐらい広まっちゃってるんだろうな?」
学校へ向かうべく足を進めながら、聞いてみる。
KCCはエメパで『おめでとう』というライトアップをしていたことから、俺たちの現状について理解しているとみて間違いないだろう。
ふむ……むしろ知らない奴って桜清にいるのだろうか?
「野乃と唐草ぐらい」
「あぁうん……普通に考えたらそうなんだけどね」
明日香にとってはさつきエメラルドパークで見たイルミネーションも、たまたまタイミングが合っただけとか、自分にはあまり関係のないものだと思っているふしがある。
その辺り明日香に一度尋ねてみたい気もするけど、もしKCCの存在を認知していないのであれば、知らないままのほうが良い気もするので、関与しないことにした。
「あ、おめでとう二人とも!」
「おめでと~」
学校が近づいてきて、知った顔がちらほらと見え始めたころ、二人の女子が俺たちを追い抜かしながら声を掛けてきた。返事をする間もなく彼女たちは通り過ぎてしまったので、俺は口をマヌケに開いたまま立ち止まることになってしまった。
「……いまのって、どっちだ?」
新年あけましておめでとうってこと? それとも、カップル成立おめでとうってこと?
わからんな。
「お祝いされた」
「されたな。何を祝われたのかはわからんが」
ふんすーと嬉し気な鼻息を吐く明日香の頭を撫でて、登校を再開する。
その後学校に着いてからも、知人他人問わずお祝いの言葉を述べられ続けた。
高田に聞いた話によると、この学校に俺たちが付き合っていることを知らない人は、おそらくいないんじゃないかと。
KCCが広めたのか、それともKCCの中で広まったのか……その違いで、今後の学校生活がかなり変わってきそうだ。
いや……あまり変わらないかもしれないな。
~~~作者あとがき~~~
来週末ぐらいに告知があります!
お楽しみに!( *´艸`)
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