第158話 小日向さんは企んでいるようだ




 俺の腹の上にまたがった小日向は、公園の遊具にでも乗っているつもりなのかぴょこぴょこと身体を跳ねさせている。はい可愛――コホン。


 現実問題、彼女の身体がいくら軽いとはいっても肺は圧迫されるので、まぁそれなりにきつい。小日向が跳ねる度に俺の吐息が小日向のピンクのカバーに包まれた枕へと染みこんでいった。


「そろそろ、息が、苦しいんだが……」


 当然の帰結というかなんというか、枕で顔を覆われた状態で強制的に荒い呼吸を余儀なくされたら、酸素量は俺の需要を満たしてくれないわけで。


 俺は小日向の太ももと思しき部位をペシペシとタップして、そろそろ腹から降りてくれと催促する――が、しかし。小日向は枕の位置を少し上にずらして、俺の口と鼻を解放してくれただけだった。


 呼吸はたしかに楽になったけどさ……目隠しは継続だし腹から降りてくれるわけじゃないのか。


「……次は何をなさるおつもりで?」


 呼吸を整えてから質問すると、彼女は返事がわりにふすふすと息を吐く。それから俺の頬を両手でムニムニと弄り始めた。もはや当初の『匂いを付ける』という意思は感じられず、ただただ俺の頬で遊んでいるだけのようにしか思えない。まぁいいんだけどね。


 しばらく俺の頬をつまんだり突いたり、引っ張ったりしていた小日向は、次に俺の唇への悪戯を開始した。下唇をぷにぷにと触って、次は上唇。指を上下に動かして、ぶるぶると俺の唇を動かしたりもした。


「よだぶれがぶれつくぶぞ」


 よだれがつくぞ――と言ったつもりである。


 そんな風に口では注意しつつも、俺は小日向のいたずらに対して完全なる無抵抗。もしかしたら、俺はマゾの性質を持っているのかもしれないなぁと思うが、「小日向が楽しそうだからいいか」という結論に辿り着いてからは考えることを止めた。


 彼女のいずれかの指が、弾力をたしかめるかのように俺の唇を押しつぶしてくる。


 他人の唇って触れる機会が無いから、きっとそれが珍しくて楽しいんだろうな。しかもそれが異性のものともなると、更に希少度は上がるだろうし。


 そんなことを考えながら、俺は俺で小日向の指の感触を唇伝いに楽しんでいると、


「…………ん? 今のってどこの指? というか、指か?」


 感触が急に変わった。先程までの指と比べると、今触れた部位はやけに柔らかい。頬っぺたでもくっつけたのだろうか? いや、それにしては口に触れる面積が狭かった気がする。


 というか、俺の唇と同等の反発力を持っていたような気がするし、ほんのり湿り気を帯びていたような気も……。


 恐る恐る枕を顔の上からどけてみると、すぐ目の前に顔を真っ赤に染めている小日向の顔があった。目の前とはいっても俺の手のひら一つ分ぐらいは空いているが、それでも吐息が掛かる距離であることには間違いない。


「あの、小日向さん……? 今俺の口に、どこをくっつけました?」


 小日向につられて俺の顔も熱を持つのを感じながら聞いてみる。

 すると彼女は人差し指をピンと立てて、指の先を自身の上唇に当てた。


 果たしてこれは『内緒』という意味のジェスチャーなのか、それとも自分の唇を指し示すジェスチャーなのか……もしもこれが後者だった場合、俺の顔から火が吹き出しそうだったので、俺は 身の安全を確保するべく追及を止めるのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 お互いに火照った顔を冷やすため――俺たちは近所のイレブンマートへと出かけた。


 といっても、小日向の家からこのコンビニまでは一分弱の距離であるため、出かけるという大仰な言葉を使うまでもないレベルの身近さだ。むしろ俺のゴミ出しの方が時間が掛かるぐらい。


 俺たちは何の用事もなくこのコンビニを訪れたわけではない。

 旅行の必需品――そう、移動中のおやつの確保にやってきたのだ。


 コンビニに入って、俺はオレンジ色の買い物かごを手に取った。小日向は俺の手から離れてお菓子売り場へとテテテと小走りで駆けていく。「店内で走っちゃダメです」と言いたいところだけど、俺の早歩きと大差ない速度なのでなんとも注意しがたい。そして可愛い。


 小日向の後ろに着いてのんびり歩いていくと、彼女はポッ〇ーを手に取って、ジッとそのパッケージを眺めていた。そして俺の顔をチラッと見たかと思うと、ゆっくりとした動作で俺の持つ買い物カゴの中に商品を置く。


「それ好きなのか?」


 一番に入れたのだからおそらく好きなのだろうと思って聞いたのだけど、小日向は俺の質問に首を傾げる。


「ん? どっちでもないってこと?」


「…………(ぶんぶん)」


「じゃあ食べたことがないのか」


「…………(コクコク)」


 そうらしい。修学旅行という一大イベントで初挑戦するとは、中々のチャレンジャーだな。俺ならば失敗がないように食べ慣れたお菓子ばかり選びそうだだが。


 まぁでもポッ〇ーは俺も嫌いじゃないし、もし小日向が好みじゃなかったら俺の胃袋に収めることも可能だ。


「おやつは五百円までにしておこうな。たぶん移動中も食べ物を買えるところはあるだろうし、無理にコンビニで揃える必要もないだろ」


 小学校の遠足みたいな金額を提示してみたのだが、言われた本人はニョキっと親指を立ててニヤリと笑う。どうやらそれでいいらしい。


 ――結果。


 小日向はポッ〇ーの他にアメやらグミなどを購入し、綺麗に五百円ちょうどに収めていた。勉強嫌いとは思えないほどの執念である。


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