第157話 小日向家にて



 十一月十五日に景一の誕生日というイベントがあったのだけども、いつも行動している四人で祝う――ということはなかった。というのも、当日はカップル二人きりで過ごし、誕生日があった翌日は地元の男四人で遊んだからだ。


 誕生日イベントに参加していなかった小日向も、学校で景一にお菓子とコースターをプレゼント満足そうにしていたから、特に問題はなさそうだった。ちなみに俺は景一に欲しがっていたイヤホンをプレゼントしている。


 聞くところによると、どうやら冴島は景一にマフラーをプレゼントしたようだ。これからどんどん寒くなってくるし、使用する機会も多いだろう。


 それはいいとして、いよいよ修学旅行までの日程が近づいてきた。具体的には明日からで、日付でいうと十一月二十日の日曜日から、二十三日の勤労感謝の日までの三泊四日。いまかいまかと待ち遠しかったけれど、前日になってみればあっという間だった気もする。


 新幹線の移動は三時間ほどだが、その他の電車やバスの移動時間を含めると半日近くを要する。つまり初日と最終日はほぼ移動のみであり、自由に動けるのは間の二日間だけということになるわけだ。


 ――で、前日の土曜日である今日。

 俺は昼過ぎに小日向の家にやってきて、彼女の荷物の最終確認を一緒に行っていた。


「トランプは景一が持ってくるって言ってたぞ」


 プラスチックのケースを片手に首を傾げる小日向にそう言うと、彼女はふすふすしながら頷いた。そして、いそいそと膝立ちになって机の引き出しにトランプを収納する。


 小日向が俺の家に来ることは幾度となくあったけれど、小日向の部屋に入るのは実はこれが初めてだったりする。そういうわけで俺はもちろん、小日向も少し緊張気味のようだ。


 彼女の部屋は八畳ほどの部屋で、勉強机、本棚、ベッド、それから小さな丸いテーブルがあって、その下にはウサギ型のマットが敷かれていた。全体的にピンクが多めだが、他の色もパステルカラーのような薄い色合いのものが多く、なんだかふわふわした印象を受ける。


 ほのかに香る甘い匂いは何かの芳香剤なのか……それともこの雰囲気が俺の嗅覚を惑わしているのかはわからない。


 修学旅行のしおりの持ち物リストにチェックを入れながらの確認を終えたら、あとは自由時間。俺の家に移動してもいいのだけど、せっかく初めて小日向の家に来たのだから今日は彼女の家でゆっくりとさせてもらうことにした。


「ん? ベッドに座ればいいの?」


「…………(コクコク)」


 ベッドに腰かけてちょいちょいと手招きする小日向の要望通り、俺は彼女の隣に腰を下ろす。女子が普段使うベッドか――と一瞬考えて緊張したけれど、我が家のダブルベッドもわりと小日向成分が染みついていると思う。彼女は俺のベッドでごろごろするのが好きみたいだし。


 ベッドの縁に座ったところで、小日向がぐいぐいと俺の肩を押してきたので、特に逆らうことなく俺はベッドにコテンと倒れ込んだ。すると、小日向も俺と同じように横になってから、こちらに顔を向けてふすふす。随分と楽しそうだ。


 普通に使用するのとは九十度向きが違うから、俺の頭のすぐ上は壁である。小日向は身長的にまだまだ余裕がありそうだけども。


「自分以外の人間がベッドを使うことに関してはなんとも思わないのか?」


 人によっては嫌がりそうだな、と思って俺はそんなことを聞いてみる。

 ちなみに俺は親しい間柄の人間ならば特に気にしない派である。小日向に関しては別のベクトルで気にするけれども。


 俺の質問に小日向は、『智樹は良い』という返事をスマホ越しに返してきた。

 気恥ずかしさを感じながら「なるほど」と呟くと、小日向は手を伸ばして枕を掴み、それを俺の身体の上に乗せる。そしてなぜか枕を俺の胸にこすりつけていた。


「……何してるんだ?」


『匂い付けてる』


「お、おう。……ちなみにそれはどっちが付けられてる側なんだ?」


『枕』


 どうやら小日向は、自分の枕に俺の匂いを付けたいらしい。こうやってこすりつけて俺の匂いが付くのかはわからないし、変な匂いが染みついたりしたら嫌だなぁと思うが、小日向はいたって真剣な表情をしているので拒絶するのも気が引ける。


 しばらくその行動を続けた小日向は、枕を自分の顔の前に持ってきて、ウサギのようにヒクヒクと鼻を動かす。しかし満足のいくような逆マーキングはできなかったのか、彼女は唇を尖らせた。


 そしてそのやや不満げな表情を浮かべたまま、彼女は俺に視線を向ける。


「変な匂いがしたとかじゃないよな……?」


 念のため聞いてみると、小日向は首を横に振って否定の意を示した。やはり匂いが付かなかったという意味の不満顔らしい。


 下唇を突き出してジッと枕を見た小日向は、何を思ったのか俺の顔に枕をポスッと乗せてきた。俺は両手を枕にしたまま無抵抗である。押し付けられているわけではないから、そこまで苦しくはない。視界が封じられているから不安はあるけど。


「あぁ……口元のほうが匂いが付きそうだから?」


 枕に口元を覆われたままそう口にすると、トントンと肩を叩かれる。これは肯定という意味で受け取っていいのだろうか? わからん。


「あとから『息が臭い』とか言っても知らないからな。自己責任だ」


 きちんと毎朝毎晩歯を磨いているからそんなことはないと思うけど、念のため。

 トントンと肩を叩く小日向に「ならよろしい」と返事をすると、彼女は俺のお腹の上にまたがってくる。姿は見えないけれど、これまでの経験と感触でわかるというもの。


 さてさて……俺はこれからこの草食獣の化けの皮を被った肉食獣に、いったい何をされるのだろうか。


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