第159話 修学旅行、開始



 修学旅行当日。


 朝の七時半に、新幹線の通る俺たちの住む地域では最も大きく主要な駅に集合することとなっていた。


 駅の広いスペースを使って点呼を行い、これから仕事へいくであろう人たちの温かな視線と「いいなぁ」という嫉妬の感情の籠った視線を浴びながら、俺たちは誰一人掛けることなく新幹線へと乗車。


 小日向はいつもと違う生活リズムに苦戦したようで、眠そうに目を擦っていた。なので俺は、手を繋ぐ――というよりは手を引くような形で俺は彼女とともに行動を共にしていた。


 新幹線の座席も班基準ということになっているので、俺と景一は、小日向、鳴海、黒崎の三人と向かい合うような形で座っている。おそらく半年前の俺ならば、女子三人を目の前にして平常心ではいられなかっただろう。


 俺の苦手克服に協力してくれた仲間たちには頭が上がらないな。



「今日は……えっと、向こうに移動してから、バスで移動して、神社かぁ」


 修学旅行のしおりに目を通しながら、鳴海が独りごとのように呟く。


「月日神社だね~。ここはリスの銅像があるらしいよ」


 黒崎がそう返答すると、鳴海はしおりに視線を落としたままふむふむと頷く。


 その後の黒崎談によると、この神社付近には銅像だけではなく野生のリスも時々見られるらしい。この月日神社でなぜリスがありがたい存在されているかというと、その昔、二匹の野生のリスが男女を引き合わせて、恋のキューピットまがいのことを成したという逸話があるとのこと。


 そんなことを黒崎が「ロマンチックだよねぇ」と言いながら話すと、鳴海と小日向が同意するように頷いた。


「縁結びとか、高校生が喜びそうな内容だもんな。先生たちもそれを見越してこの場所選んだんじゃないか? 他に見るような場所が無かっただけかもしれないけど」


「目的地の途中にあったからって理由だろうな。まぁそこそこ有名で県外からのお客さんも多いらしいし、時間調整としてちょうどよかったんだろ」


 乙女なふわふわしている会話をしている女性陣の目の前で、景一と俺はそんな現実的なやりとりをする。


「ねーねー見てよあの男二人のやる気のない目! 自分たちは彼女がいるからって完全に他人事だよ」


 口元を手で隠し、内緒話でもするような仕草で鳴海が言う。声量的には完全に聞こえるけどな。


「おい、何度も言うが俺と小日向は彼氏彼女の関係じゃないからな?」


「知ってるよ~、二人はもう夫婦だもんねぇ」


「違うから! なんで恋人過程をすっ飛ばして夫婦になってるんだよ! ――っておい小日向。お前はお前でなんで自慢げに胸を逸らしているんだ? いま、俺たちがからかわれているんだぞ? なんでダメージが俺だけにきているんだ?」


 おかしい……ここは俺と一緒に小日向も「ち、違うもん!」みたいな照れた反応を――うん、ないな。よくよく考えればいつも通り、想定通りの反応だ。


「カップルコンテスト殿堂入りはもはや夫婦だろ。智樹たちは普通のカップルの上位存在なんだから。婚姻届けが受理されていても周囲は驚かないと思うぞ」


「いやそこは驚けよ! 俺たちは普通の高校生だからな!?」


 はいそこのウサギ天使! 景一に同意してコクコクしない!


「さすがに『普通』ってのは無理があるんじゃない? 普通の高校生カップルは文化祭の投票数で学校の生徒数を超えることはないと思うけど」


「ぐ――、鳴海の言いたいことはわかるが……それは『俺と小日向』じゃなくて、小日向単独の人気によるものだろ」


「違うよ~。たしかに小日向ちゃんは可愛いけど、杉野くんと一緒にいるからここまでパワーアップしてるんだよ~。可愛さマシマシだよね~」


 黒崎はニコニコと笑みを浮かべながら、そんなKCCと同じような理論を口にする。まさかこんな身近にKCCがいたのか――? あの投票数から考えるとどこにいても不思議じゃないが。


 駅で班の中で荷物チェックしている時に、黒崎と鳴海のボストンバッグになぜかトイレットペーパーが二個ずつ入っていたのを見かけたけど、あれはきっと万が一の為の予備のはず。けっして鼻血用なんかではないはずだ。


「お前のことを言ってるんだぞ――って、何を書いてるんだ?」


 話題の当人である小日向は、どこからか取りだした手のひら大のメモ帳になにやら文字と絵を描いている様子。いつもの落書きだろうか、と思いながら手元を覗いてみると、


「…………」


 空いた口が塞がらなかった。

 なにせ彼女のメモ帳の上半分には、でかでかと『こんいん届』という文字が書かれていたのだ。そして下半分には、相合傘が現在進行形で描かれている。こんいんを漢字で書けないあたりがとても小日向らしい。


 小日向は相合傘の片側に自分の名前を書くと、顔を上げてふすふす荒い息を吐きながら俺にメモ帳とボールペンを押し付けてくる。


 反射的に受け取ってしまったが、これは空いたスペースに俺の名前を書けということだよな……?


「まぁ別にこれぐらいいいけど……」


 正式な書類でもないのだし、変に恥ずかしがって拒否するほうが意識しまくっているみたいだし。ここでふざけて景一の名前とか書いてみようかと一瞬考えたけど、完全に四面楚歌状態になるだろうから止めた。そして俺の心情としてもあまり書きたくない。


 相合傘の片側に自分の名前を書き込んで小日向に渡すと、彼女は嬉しそうにニマニマしはじめた。とてつもなく可愛い。


 黒崎と鳴海がいつの間にかティッシュを鼻に詰めていたけど、それが気にならないぐらいには天使だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る