第160話 地元を離れても変わらない




 新幹線での移動は長い。


 乗り換えも含めて移動に五時間弱を要するため、昼食も新幹線の中でご当地の弁当を食べることになっている。


 コンビニ弁当とどちらが美味いかと問われれば、料理品評家でもない俺には大した違いはわからないのだけども、新鮮味があるということ――そして電車内で食べているということ、さらに修学旅行初日ということが加わっており、美味しさも何割増しかになっているのではないかと思う。


 で、昼食を終えたら残りの移動は三十分弱。


 いつもより早起きだったうさぎさんは、お腹がいっぱいになったことで睡魔に負けたらしく、すやすやとおねむの時間だ。俺の膝の上で。


「……その微笑ましい視線をヤメロ」


 窓枠に肘をついて俺をニヤニヤと眺める景一。止めるように促してみたものの、景一は「実際に微笑ましいんだから仕方ない」と笑って返答した。


 楽しそうに俺をからかう友人には、もともと小日向が座っていた席に移動してもらっている。そして景一の向かい側の窓際に俺が座っていて、小日向はその隣。隣とはいっても、小日向は俺の膝の上に頭を乗せており、残りの二席をつかって横になっているので、実質彼女は三席分使っているようなものだが。


 ちなみに下着が見えないよう、小日向が横になった瞬間に鳴海がブランケットで彼女のスカート部分を覆っていた。


 ローファーを脱ぎ、お腹の中にいる赤子のように丸まっている小日向。彼女は俺のお腹に顔をうずめていて、警戒心の欠片もなく俺に体重を預けている。


 このままずっと彼女の体重と体温を感じていたいところだけど、残念ながらこの幸せな時間も残り十分ほどで終了だ。


「なぁ、ところでお前らは本当に大丈夫なのか……? 鼻血、ずっと止まってないだろ?」


 鼻に赤くなったティッシュを詰めたまま、蕩けそうな笑みを浮かべている鳴海と黒崎に聞いてみる。もう俺の中で彼女たちは確実にKCCの一員だと断定してしまっているのだけど、かといって心配する気持ちがないわけではない。時々白目むいたり痙攣しているし。


「ん? ウチらは平気だよ。川に行くのは慣れてるから」


「……カワ? 何かの比喩表現か?」


「あはは、杉野は気にしなくて大丈夫だよ。ちょっと魂がアッチに行ってただけだし」


「いや気にするわ! なに!? お前たちこの数十分の間に一度死んで蘇生してたの!? カワって三途の川のことだったの!?」


 さすがにこれはマズいと思った俺は、小日向を起こさないようにしながら上半身を限界まで伸ばし、担任の松井先生が座る場所に目を向けてみる。


 輸血を行いながら白目をむいている松井先生がいた。


「…………景一、俺もちょっと寝ます。駅についたら起こしてください」


「急に敬語!? 智樹いったい何を見たの!? なんですべてを諦めたような柔らかい表情になってるの!?」


 見たくなかった現実を見てしまったんだよ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 新幹線から降りた桜清学園一行は、ここからは貸し切りのバスで月日神社を目指す。

 クラスの数だけ準備されていたバスに乗り込んで、これからは一時間のバスの旅だ。


 他の座席はしっかりと男女別になっているにも関わらず、俺の隣には当然のように小日向が座っている。班員だけならまだしも、その他のクラスメイトや松井先生まで違和感を示すことなくこの座席配置となった。


 うっすらと目を開けてぼうっとしている小日向の顔を覗き込みながら「まだちょっと眠いか?」と聞いてみると、彼女は片目を瞑り、人差し指と親指を使い「ちょっとだけ」というジェスチャーをする。可愛い。


「電車と違ってバスは酔いやすいからな。時々外を見とけよ」


 俺の言葉にコクリと頷いた彼女は、さっそく窓の外に目を向ける。

 五秒ほど外を眺めた彼女は、こちらを振り返ってからぐいぐいと俺の腕を引っ張った。どうやら俺にも一緒に景色を見てほしいらしい。


 現在俺たちが進んでいる場所は、市街地から外れた自然豊かな道だ。家屋よりも田んぼの方が圧倒的に多く、かなり遠くまで見渡せるような感じ。信号機もほとんどなくて、電柱も同じように少ない。


「俺たちが住んでいる場所も都会とは言えないけどさ、こういうところだとあまり見ない生き物とか多そうだよな。シカとかイノシシとか出てきそうだ」


 そしてこういうところって、ウシガエルとかがうるさいんだよなぁ。こういう所に住んでいる人は夜ぐっすりと眠れるのだろうか?


 そんなことを考えていると、小日向が俺のほうを向いてから両手でピースの形を作る。そして人差し指と中指を開いたり閉じたりしはじめた。


「カニさんね。季節的にはもう過ぎただろうけど、夏は多いかもな」


「…………」


「それは……あー、はいはい。カブトムシか。おでこからビーム出てるのかと思った」


「…………」


「この流れならわかるぞ。それはクワガタ――」


 ――だろ、と口にする前に、俺の頭部は小日向クワガタのハサミに捕まってしまった。単純に抱き着かれただけともいう。


「小日向……ちょっと喋りづらいです」


 正面から頭をホールドされているので、俺の視界は真っ暗であり、頬に伝わる感触はふにふにだ。


 修学旅行で地元から離れたら小日向も少しは自重するだろうかと思っていたけれど……うん、何も変わらなかったな。

 

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