第161話 月日神社にて



 ということでやってまいりました月日神社。


 海外からも観光客が押し寄せるほどの有名観光スポットとまでは言わないが、県を代表する名所と言って差し支えない神社らしい。


 本日は日曜日ということもあって、俺たち桜清学園以外のお客さんもかなり多く、さらに詳しく言うと男女のペア――つまりカップルが大勢いた。それと同じぐらい、女子同士の組み合わせも多かったが……あれはおそらく「意中の人と結ばれますように」って感じなのだろう。


「わりと広いなぁ、とりあえず御手水で清めてからお参り?」


「…………(コクコク!)」


 この月日神社についてから、俺たち五人はそれぞれ別行動をすることとなった。本当は班行動を推奨されているけれど、まぁこの辺りは学校も黙認しているのだろう。


 俺は小日向と二人行動だし、景一は冴島と合流――黒崎と鳴海は二人で神社を散策するようだ。


 はぐれないよう、しっかりと小さな手で俺の右手を握っている小日向は、手水舎へと俺をエスコートしている。まぁただ引っ張っているだけとも言うが。


「……ちゃんと作法とかあったんだな。えっと、左手洗って右手洗って――最後に口か」


 手水舎の横にはイラストで作法が解説されてあったので、俺と小日向はそれを見ながら身体を清めていく。俺たちの前には何組か同級生カップルがいたのだけど、「殿堂入り優先」という謎の理論で順番を先に回されてしまった。


 申し訳ない気持ちはあるけれど、ここで譲り合いをして時間を消費するのもお互いの益にはなりそうにないので、ありがたく好意を受け取ることにした。まぁそもそも俺たちはカップルじゃないんですけどね!


 手と口を清めたのち、俺たちは境内を歩く。


 腕を大きく振りながらテッコテッコと上機嫌で歩く小日向は、桜清学園ではなく他の一般客からも注目されていた。俺に向く視線はほんの僅かであり、明らかに「どんな奴がパートナーなのか」と気になっているような感じである。


「……しっかり手を握っておいてくれよ」


 誘拐やナンパをされる可能性が頭の中に浮かんできたため、その不安を解消するために俺はそんな言葉を投げかける。


 すると、彼女は俺を見上げてニンマリと笑顔を浮かべたのち、俺の右腕に抱き着いてきた。


「あ、うん……はい」


 た、たしかにこっちのほうが心配する気持ちは薄れるんだけどさ……恥ずかしさは倍増どころではないぞ。周囲の微笑ましい視線が苦しい……。


 視界の端で大学生ぐらいの女性三人組が鼻の付け根を押さえてその場に片膝を突き、そこに鳴海と黒崎が生のほうれん草とトイレットペーパーを手に持って駆け付けるという謎の光景が見えた気がするけれど、俺たちは無関係であると信じて本堂へ足を進めた。



 メインであるお参りを終えたのち、俺たちは神社の中の散策に向かった。

 黒崎が事前に教えてくれていた通り、リスの銅像や石像が至るところに設置されている。


「うーん……リスっていうよりカンガルー……?」


 小日向が両手をお化けのように前に出して、リスの石像の周囲をぴょんぴょん跳ねている。高校生らしからぬ行動と言えばそうなのだけど、可愛すぎてしかたがない。


 俺は自分の網膜で可愛い小日向をしばらく堪能したのち、スマホにもそのカンガルー小日向を収めた。ふりふりと左右にお尻を振ってリスアピールをしているが、やはり飛び跳ねる様子はカンガルー。


 俺が「やっぱりカンガルーだわ」と苦笑しながら口にすると、小日向は俺の腕に噛みついてきた。あ、それは確かにリスっぽいかもしれない。


 ハムハムと甘噛みする小日向を腕にぶら下げた状態で砂利道を進むと、綺麗に透き通った池があり、そこには赤や金、黒など色とりどりの鯉が優雅に泳いでいた。酸素を欲しているのか餌を要求しているのかは知らないけど、水面で口をパクパクと開閉している鯉もいる。


「餌を上げてみたいところだけど、残念ながら餌やりはNGみたいだな」


 いつのまにか俺の手から口を離していた小日向を見てみると、彼女は俺を見上げて口をパクパクと動かしていた。今度は鯉になったらしい。


「おやつを要求してるのか?」


 パパパパパと唇から音を奏でている小日向は、俺の言葉にコクコクと頷く。


 制服のポケットに入れていた一口サイズのチョコレートを小日向の口の中に入れてみると、彼女は満足そうにチョコを口の中で転がしながら、蕩けた笑みを見せた。俺の親指と人差し指まで捕食されたのはご愛敬ということで。


「さて、そろそろ御守りとか買いにいこうか。あまりゆっくりしていたら集合時間に間に合わないからな」


 そう言って小日向の左手をとると、彼女はすかさず右腕に抱き着いてくる。多少歩きにくいだろうけど、小日向本人は楽しそうだし、俺も不安が薄れるからなにも問題はない。


 そんなことを思っていると、


「無自覚テロだな」


「旅行先でも二人は相変わらずだねぇ」


 聞き慣れた男女の声が背後から聞こえてくる。振り返ってみると、そこには俺の予想通り景一と冴島がいて、二人は揃って苦笑いを浮かべていた。

 俺もニマニマし返してやろうか。


「お前たちだってしっかり手を繋いでるだろ。それに、腕を組んでるカップルもそこそこいたぞ」


 羞恥心を誤魔化すようにむっとした表情で反論してみたところ、景一カップルは「「幸せオーラがすごい」」との意見をくださった。ふむ、幸せオーラね。


「小日向、いま幸せか?」


 腕をホールドしている小日向の顔を覗き込みながら聞いてみると、彼女はスリスリと俺の胸に側頭部をこすりつけてきた。肯定らしい。


 彼女が幸せだというならば、この生温かい視線は気にしないようにすることにしようか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る