第162話 カカカカカカッ
月日神社の観光を終えた桜清学園一行は、再びバスに乗車して宿泊するホテルへと向かう。これから向かうホテルはすぐ傍にスキー場があるため、今回の旅行のメインイベントは当然スキーである。雪合戦をしたりかまくらを作ってみたりしてもいいんだけど、とりあえずは滑ってみたいところだ。
経験がないからうまく滑ることができるかはわからないが、一班ずつ指導してくれる人がいるようなので、せめて周りの足を引っ張らないレベルぐらいにはしておきたいかな。
そんなことを思いながら、バスの中で突如として始まったカラオケ大会をぼんやりと聞いていると、隣の小日向が俺の肩を指先で突いてきた。
小日向が座る窓側へ顔を向けてみると、彼女はポッ〇ーの持ち手部分を口に咥えた状態でこちらをジッと見ていた。目で訴える能力に関しては、校内一の実力を持っているのではないかと思う。
「……俺にどうしろと?」
反対側を咥えろと言っている気がするのだけど、念のため確認。もし違ったりしたらセクハラどころの騒ぎではないからな。
しかしこれが伝説のポッ〇ーゲームというやつか……逃げたい。
『智樹も食べて』
「お前には羞恥心というモノが――うん、あんまりなさそうだね」
『誰も見てない』
「こういう時は小日向の背の低さに感謝だな……っていっても、通路の向かい側の奴らは……寝てんのか」
ちらっと横に目を向けてみると、クラスメイトの男子が寄り添い合うようにして眠りについていた。肩に頭を乗せている男子は、まるで抱き着くように相手の制服の胸元あたりに手を置いている。見なかったことにしておこう。
『誰も見てない』
「お、おう。それは理解した。だが理解したからといって、俺がそのお菓子を口にすることはできん。理由はわかるな?」
『私頭悪いからわからない』
「いーや違うね! 小日向は頭が悪いんじゃなくて勉強が嫌いなだけだろうが!」
『智樹、静かに。気付かれちゃう』
小日向は未だポッ〇ーの片側を咥えたままだ。そしてそのセリフはちょっと卑猥に聞こえるから止めてほしい。
俺は静かに嘆息してから、小日向を説得するべく語り掛ける。
「いいか小日向。そのお菓子を両端から食べたいということはわかる。そのゲームは有名だからな。だけど、まずその遊びはカップルでやるべきものであって、クラスメイトがするものじゃないんだ。お互いがポリポリかじったら、唇がくっついちゃうだろ? つまりはキスすることになるんだからな?」
俺の言葉を受けて、小日向は掌にポンと拳を落とす。
『盲点だった』
「ど・の・く・ち・が・い・って・ん・だっ!」
ツッコみと同時に、むにーんと小日向のほっぺを伸ばす。相変わらずモチみたいに柔らかい頬だな。
おそらく口の中のお菓子がふやけてきてしまったのだろう、小日向はしぶしぶと言った様子でポッ〇ーをカリカリと齧り始めた。リスっぽい。
「…………」
小日向は俺を見上げながら不満そうに唇を尖らせると、膝の上に置いてあったお菓子の箱から一本ポッ〇ーを取り出し、俺の口に突っ込んでくる。どうやらポッ〇ーゲームは諦めてくれたようだ。家ならともかく、公共の場だもんな。よかったよかった。
「――ん、ありがひょ」
お菓子を歯でキャッチしてお礼を言うと、小日向は目を大きく開けてコクコクと頷いた。そして両手で俺の顔を挟み込み、ぐいっと自分のいる方向に角度を調整。躊躇うこともなく反対側をパクッと咥えた。
ま、まさかコイツ!? 俺からは参戦してくれないと気付いたから、先に食べさせる作戦に出たのか!?
俺が動揺している僅かな時間――そのほんの一瞬の間に、小日向はハムスターもビックリの速度でカカカカカカカッとポッ〇ーを齧り俺へと接近。残り数センチというギリギリのところで、俺はお菓子を噛み砕いて身体をのけ反らした。
口の中のお菓子を胃袋に押し込んで、「ちぇー」とでも言いたげな小日向にジト目を向ける。
「……クリスマスまで我慢するんじゃなかったのかい? 君」
『キスを我慢するとは言ってない』
「……ほう、つまり付き合ってなくともキスはOKであると――そう言いたいんだな?」
『唇がぶつかるだけ』
「それが故意ならキスなんだよなぁ!」
『故意と恋を掛けてる?』
「そこまで考えてないわ」
『私は智樹に恋してる』
「そういう恥ずかしいセリフはもっと顔を赤らめるとか照れながら言ってくれませんかねぇ……なんで俺だけ照れなきゃいけないんだよ。というかさ、このままだと付き合っても付き合ってなくても何も状況が変わらないってことになっちゃうぞ?」
俺がそう言うと、小日向は斜め上を見上げながら下唇に手を当てる。どうやら頭の中で未来を想像しているらしい。可愛い。
『付き合ったらもっとくっつく』
「これ以上ないぐらいくっついてる気がするけど……」
『もっとべったりする』
「……学校ではダメだからな?」
恥ずかしくて小日向から視線を逸らしながら言うと、彼女は『善処する』というなんとも不安な言葉を返してきたのだった。
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