第163話 ホテル、到着

 


 小日向の猛攻を耐えしのぐこと一時間――バスは予定通りの時刻にホテルへと到着した。


 今回利用するスキー場は人口の雪を使用しているらしく、実際に空から降り積もった雪がそこら中にあるわけではない。しかし俺の予想とは裏腹に、バスから降りると急に真冬になったかのように冷たい風が頬を撫でてきた。標高が普段過ごしているところと比べると高いせいか、気温はかなり低いようだ。


 点呼が終わると、俺たちは班でまとまってホテルへ歩き出す。小日向は『ここが定位置』とでも言うように俺の背中に抱き着いていた。すごく……歩きにくいです。


『暖をとってる』


 俺に抱き着いているウサギさんは、俺が何かを言う前にすでに言い訳を用意していた模様。抱き着いたままスマホを操作して、俺の見やすい位置に提示した。


「寒いから気持ちはわからんでもないけど――ほら、他の学校も修学旅行で来ているみたいだぞ? 桜清学園の生徒は見慣れているかもしれないが、他校から見たら『バカップル』だなんて言われてしまうかもしれん」


 桜清学園一行の少し先では、見たことのない紺色のブレザーを身に着けた学生たちがホテルの入り口に吸い込まれていた。今日到着したって感じだし、日程丸被りなんだな。


 そんなことを考えながら、俺と小日向は運動会のムカデ競争のようにテッコテッコと足並みをそろえて歩く。黒崎と鳴海はそんな俺たちを横から写真に収めているし、景一は「心配するだけ無駄だと思うぞ」と笑っていた。


「智樹たちはすでに『バカップル』の上位互換だから、安心していいぜ」


「どこにも安心できる要素がないんだよなぁ……というか俺たちはカップルですらないって何度言ったらわかるんだ!」


「もし智樹たちがカップルじゃなかったとしたら、一般的なカップルは『知り合い』レベルだぞ。それぐらいイチャイチャがハイレベル」


「そ、そこまでイチャイチャしてるつもりはないから。ほら小日向も反論――するつもりはなさそうですね。はい、なにもないです」


 背後からひょっこりと顔を出して、むふぅ――と表情を蕩けさせて自慢げな笑みを浮かべる小日向。君が嬉しそうだと俺も嬉しくなってしまうから注意できないんですよねぇ。


 まさかまさか俺には親ばかの素質があるのだろうか? いやいや、そんなまさかね。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ホテルにて先生から今後のスケジュールの話があったあと、一時間ほどは自由時間となった。その後はクラスごとに別れた状態で夕食をとり、温泉、そして就寝といった流れになる。本当に移動でほとんど一日が終わってしまったな。


 ホテルの内部は和洋折衷といった様相だが、どちらかというと『和』のほうに傾いているような雰囲気がある。部屋の割り振りは二班ごとで、五人から六人の人数が一部屋に詰め込まれるような感じだ。


「俺たち結構遊び道具持ってきたから、暇になったら遊ぼうぜ!」


 部屋に入って荷物を下ろすなり、高田がウキウキした様子で話しかけてくる。


 今回、俺と景一の班と同室になったのは、高田陽介、姫路良平、牛島哲也の三名。高田と姫路はサッカー部で、牛島はバスケ部という運動会系な班であり、二年C組の中では俺や景一と比較的よく話すクラスメイトだ。


 L字型になっているこの個室は畳張りの部分と板張りの部分があり、我が家のこたつと同サイズテーブルが部屋の中央に設置されてある。窓側には景色をのんびりと眺められそうなソファが二つ。その間には小さな丸テーブルが設置してあった。


 この部屋を見るとホテルというより旅館といった雰囲気だが、噂によると洋室も和室が半々ぐらいあるらしい。クラスごとに違うのか、それとも学校ごとに違うのかは知らないけど、ともかく俺たちは和室に振り分けられたらしい。


「『俺たち』って言うけどさ、おもちゃを持ってきたのは陽介がほとんどでしょ? ボク何も持ってきてないよ」


「俺は将棋とけん玉を持ってきたが……よくよく考えたら五人で遊ぶのには不向きだな」


 高田の発言に続いて、姫路は呆れた様子で、そして牛島は若干気落ちした様子でそれぞれ口を開く。将棋はともかく、修学旅行にけん玉を持ってくるセンスはわからんな。


「こっちはトランプぐらいかなぁ。智樹、なにか俺に内緒で持ってきてたりする?」


「内緒にする意味ないだろ。それでお互いかぶったりしたら荷物になるだけだし」


「そりゃそうか」


 そんな会話をしながらも、俺たち五人はうろちょろと部屋の中を見て回っている。誰一人腰を落ち着けようとしておらず、「風呂あるじゃん!」だの「緑茶とポット発見!」だの、まるで宝探しでもしているかのように和気藹々としながら部屋を隅々まで見て回った。


 で、ひとしきり全員で部屋を見て回ったあと、俺たちは長方形のテーブルを囲んで一息つく。夕食の時間まではぐうたらするのだ。


「まぁぶっちゃけ、下手なおもちゃで遊ぶよりも杉野と唐草の話を聞くほうが面白そうなんだけどな」


「あぁー、それはあるかも。修学旅行って言ったら定番だからね」


「是非、ご教授願いたいところ」


 並んで座る俺と景一に、同室となった三人からニヤニヤとした視線が向けられる。

 俺に軽快な面白トークを期待されても困るんだが……というか修学旅行の定番ってなんだ。怪談でも披露すればいいのか?


 首を傾げながら景一のほうに目を向けてみると、俺の親友はやや引きつった笑みを浮かべており、「面倒なことになった」という心の内が透けるような雰囲気を醸し出している。


「なぁ景一、俺たちはいったい何を期待されるんだ?」


 俺の問いかけに対し、景一は「お前マジか」と呆れた様子で呟いた。そして、なおも首を傾げ続ける俺に向かって大きなため息を吐くのだった。



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