第164話 さもなくばちゅーする



 夕食は宴会場のような雰囲気で、広さ的には教室の二倍ぐらいはあるような場所だった。ダークブラウンの細長いテーブルの両側には、薄紫色の座布団が設置してあり、俺たちがこの場所を訪れた際にはすでに全ての食事が準備されている状態だった。


「おぉ、美味そう! お鍋じゃん!」


 テーブルを挟んだ向かい側で、鳴海が涎を垂らしそうな勢いで目を輝かせている。黒崎は料理をひとつひとつ眺めており、小日向はふすふす言いながら固形燃料に着火するためのチャッ〇マンを手に取っていた。


 班員で固まって夕食の時間を過ごすことになってはいるが、長テーブルは片側に六人は座れるほどのサイズがあるため、実質二班ごとに別れるような感じになっている。


 まぁつまりは、寝室で同室になった男子が横並びになり、向かい側が女子――といった感じだ。


 だけどまぁ、なぜか小日向という例外は許されているようで。


「危ないから火遊びしちゃいけません」


 チャッ〇マンで火を付けて遊んでいた小日向に注意をすると、彼女は唇を尖らせて不満を表明する。だけどなぜだか嬉しそうだ。注意されて喜ぶとは……さてはいたずらっ子だな。


「ほら、遊ぶんじゃなくて、みんなの鍋に火を付けてやったらどうだ? もうみんな火を付けていいよな?」


 小日向の頭をぽんぽんと軽く叩きながら班員の三人に問いかけると、


「うん! 小日向ちゃんよろしく!」


「私もお願いね~」


「俺もいいぞ。火傷には気を付けてくれよ」


 全員が快く了承の返事をしてくれた。小日向は張り切った様子でふすー。

 それからやる気に満ち溢れた小日向は、鳴海、黒崎、景一の順に着火し、次いで自分のお鍋の固形燃料に火を付けていく。慎重にやっているようだから安全なのだろうけど、やはり小日向が火を扱っているという事実が何となく不安だ。


 しかし実際のところ小日向は家で料理をしたりしているのだし、俺なんかよりよっぽど火の取り扱いになれているのだろうけど。


「……ん? 俺の鍋には付けてくれないのか?」


 俺以外の四人分の鍋に着火した小日向は、チャッカマンという人質を胸に抱えた状態で、俺に目を向ける。そしてニヤリと口角を上げた。俺はその表情を見て、頬を引きつらせる。


「……何を企んでるんですか? 小日向さんや」


『いち着火、いちちゅー』


「……いやいや、この状況でしろとか無理だろ」


 幸い、うちの班員以外は仲間内で盛り上がっているようで、こちらを気にしている様子はない。だが、鳴海、黒崎、景一の三人は俺たちの動向をニヤニヤと見守っている状態だ。


 彼女たちは小日向のスマホ画面は見ていないものの、何かしら小日向が俺に要求しているということは理解しているだろう。


「あとでいいですかね……? せめて二人の時とかで」


『中毒症状が出そう』


「俺は危ない薬物じゃねぇから……ちなみにその症状が出たらどうなるわけ?」


『噛みつく』


「そいつぁ危険だぁ」


 苦笑いを浮かべ、小日向と会話を続けながらも、俺は必死にこの状況の打開する策を思案する。


 小日向の要求しているものはキス――しかし俺の羞恥心的に、人前でそんなこっぱずかしいことはできない。小日向の我儘であったとしても、さすがに無理だ。


 小日向が俺と仲良くしたいのか、それとも周囲に仲良しアピールをしたいのかはわからないが……別にキスにこだわる必要はないだろう。


 その結論に至った俺は、胡坐をかいたまま少し身体をテーブルから遠ざけると、隣に座る小日向の両脇に後ろから手を差し込み、ぐいっと軽い身体を持ちあげる。借りてきた猫のようにされるがままだ。


 そしていつものように、俺の足の間に小日向のお尻をセット。少し食べづらいけど、小日向は俺の胸に後頭部をスリスリしていてご満悦の様子だし、よしとしよう。


「これで我慢してくれるか?」


「…………(コクコク)」


 オッケーらしい。俺は無事、この難所を乗り切ることができたようだ。

 小日向が俺の鍋に着火してくれるのをほっとしながら眺めていると、景一が声を掛けてきた。


「智樹すげぇやり切ったような雰囲気でてるけど、いつも通りいちゃいちゃしてるだけじゃん」


「おい、お前の目には俺と小日向がいちゃいちゃしているように見えるのか?」


「うん」


 真顔で頷かれた。うん、俺もそう思うよ……だけどキスよりはマシだから見逃してほしい。


「あ、ウチら的には全然オッケーだから! むしろどんどんやってって感じ! 相変わらず仲良しだよね二人は」


「はい、記念写真とりましょうね~」


 鳴海は鼻をつまんだ状態で話しているし、黒崎は有無を言わさずこちらにスマホのカメラを向けている。そして小日向もノリノリでダブルピースを決めていた。


 小日向のピース……なんだかカニの真似をしているみたいで可愛いな。ちょこちょこ人差し指と中指を閉じたり開いたりしているし。


 そんなことを思いながら穏やかな気持ちで彼女の指先を眺めていると、いつの間にか記念写真の撮影が終わっていた。黒崎にはあとで画像を送ってもらうとしよう。



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