第165話 食事、そして



 今晩の夕食は海鮮系で、一人用の鍋の中にはエビやホタテ、牡蠣、タラの切り身なんかが入っている。白菜や白ネギ等の野菜も入っており、ぐつぐつ煮える様子を見ているだけで口の中に海鮮の味が広がる気がした。そのまま食べてもよし、ポン酢に付けて食べてもよしといった感じらしい。


「あらかじめ火を通してるって言ってたから、軽くあっためれば大丈夫だろ。熱かったらちゃんとふーふーしてから食べるんだぞ?」


 ――と、俺はまるで小さな子供に注意するかのような言葉を掛けてしまう。無意識だったので許してほしい。


 俺の顎の下ではアク取りしながらふすふすしている小日向。俺の分も含めて、彼女は二つの鍋のアク取りをしてくれている。最初は自分でやろうとしたのだけど、彼女に網をとられてしまったのだ。だから仕方ないよね。


 やがて小日向が出汁とともに海鮮鍋を小皿によそってくれたので、俺は小日向の顔の右側に少しずれてから、ありがたくそれをいただく――つもりだったのだけれど。


「……いや、まぁいいんですけどね」


 彼女は俺の箸を持った腕をがしっと掴み、持ちあげられた食材を自分の口元へ運んだ。そしてパクリ。さらば俺のホタテ――まぁ小日向のお鍋から頂戴すればいいか。


「火傷には気を付けてくれよ」


 またどうせ食べられるんだろうなと苦笑しながら、小皿の牡蠣を箸でつまむ。持ちあげたところで、案の定俺の腕は小日向に捕獲されてしまった。今度は小日向の行動を予想できていたので、冷静に彼女の手のひらの感触を味わうことに成功。


 そして彼女は自分の口の前に牡蠣を移動させ、ふーふーと息を吹きかけて冷ましている。それからなぜか、彼女は牡蠣を食べることなく斜め上にある俺の顔を見上げた。


「ん? これ俺の分なの?」


「…………(コクコク)」


「わざわざ冷ましてくれたのか?」


「…………(コクコク!)」


 どう!? 嬉しい!? みたいなことを言いたげに、小日向は俺の反応を見ている。


 こんなウキウキした小日向を前にして「ありがとう」以外の言葉を言うことなどできるはずもない。俺はお礼の言葉を口にしてから、牡蠣を口へ放り込んだ。


 海の幸を味わいながら、できれば存在を無視しておきたい班員たちに目を向けてみた。

 景一はいつもと変わらない表情で刺身を吟味しており、鳴海と黒崎はニコニコしながら俺と小日向を見ている。


「ん? どしたの? もしかしてからかわれるとか思った?」


 俺の視線に気づき、素早くこちらの意思を汲み取った景一が、刺身を醤油に付けながら聞いてくる。


「できればそうなってほしくないなぁと思ってた」


「はっはっは! 智樹は気にしすぎだって。俺はいま内陸ではなかなか味わえない、新鮮な海の幸に夢中なんだ。智樹と小日向がいちゃついているのはもはや生活の一部というか背景みたいなものだし、ぷりぷりのタイのほうが珍しい」


「それならそれでありがたいんだけど」


 はたして喜ぶべきなのか反省すべきなのか……難しいラインだ。


「あと、智樹たちのいちゃいちゃをいちいち気にかけてたら、あっという間に一日が終わるからな。からかうのも楽しいけど、ツッコみも疲れるだろ?」


「お前は俺たちが四六時中いちゃついてるとでも言うつもりか!」


「そうだけど」


「……真顔で言われてるぞ小日向。反論はあるか?」


「…………(ブンブン!)」


 ないらしい。というかあんたは随分と嬉しそうですね。

 仲良しであることはいいことなんだろうけど、周囲に迷惑をかけない程度にしなければ――そう思うのだけど、周りが全然迷惑そうにしていないから、俺もどう行動すべきか迷ってしまう。


「とりあえずは食事を楽しむとするかぁ。悩んでも解決はしないだろうし」


 ため息交じりにそう言うと、すぐさま口元へ冷まされたホタテが小日向の箸によって運ばれてくる。彼女の辞書に『自重』の二文字は存在しないらしい。


 それを拒むつもりが無い俺も、たいがいだとは思うけどな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 食事を終えたあとは、担任の松井先生から就寝までのスケジュール、そして明日からの予定の再確認がされ、俺たちは男子五人で部屋に戻った。


 これから明日の朝食までは小日向と会うことはない。


 別れ際に抱き着かれて頭をグリグリしてきたから、おそらく本日分の充電は完了しているはず。その場面を他校の生徒に見られた気がするけど、気のせいだと思うことにした。


 タイムスケジュールにのっとって入浴を済ませると、俺たちはようやく学校指定の制服から解放され、用意されていた浴衣に身を包む。


 こうやって風呂上がりに浴衣を着ると、旅行に来たという実感が湧いてくるよな。

さらにその旅行がクラスメイトたちと一緒となると、さらに非日常感が増すというものだ。俺も顔や態度には出していないが、内心かなりウキウキしている。


 だから周囲の人間が普段よりテンションが高くなってしまっても、あまり気にならなかった。


「よし! 女子部屋にいくぞ! 先頭は杉野な!」


 そんな高田の提案には、さすがに頬を引きつらせてしまったけども。



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