第166話 おやすみのちゅーがないと寝れない


 いちおう学校の方針としては、男子が女子の部屋に行こうが、女子が男子の部屋に行こうが構わないといったスタンスなのだけど、夜の十時には必ず各自の部屋に戻っておけ――という感じだ。


 とはいえやはり男子同士、女子同士で過ごす生徒がほとんどらしく、女子が宿泊する階に移動してみても、男子の姿はほとんど見受けられなかった。まぁその理由が俺と同じく「単純に恥ずかしいから」なのかは知らないが。


 ホテルの廊下を歩きながら、俺たち五人は小日向たちの居る部屋を目指す。


 時折すれ違う浴衣を身に着けた女子たちは、女子階層に現れた男子の集団に一瞬キョトンとした表情を浮かべるが、俺の顔を見た瞬間に納得したように頷く。


 中には「小日向ちゃんの部屋は一番奥だよ」と教えてくれる人までいた。ただでさえ女子の中に放り込まれて気まずいのに、なんだか俺の行動が読まれているようで恥ずかしい……。まぁその恥ずかしさも、微かに残る女子への苦手意識が中和してくれているのだが。


「小日向には連絡してるんだよな?」


「したよ。じゃないと、あいつはともかく他の女子が嫌がる可能性もあるし」


「ちなみに小日向は智樹が行くって言ったら、どんな反応したの?」


「……特になにも」


 景一は俺の返答を聞いて、「ふーん」と言いながらニヤニヤした表情を浮かべる。他の三人――高田、姫路、牛島の三人も同じくいやらしい笑みを浮かべており、俺が嘘を吐いているのを見破っている様子。


 ――言えるわけないだろ。


『早く会いたい』だの『寂しい』だの言っていただなんて。特に『おやすみのちゅーがないと寝れない』という彼女の文面は、なんとしても墓場まで持って行きたいところだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 目的の部屋に辿り着き、小日向にチャットで到着した旨を伝えると、高田と同じ班である今井が出迎えてくれた。室内に入ると、すでに六人分の布団が敷かれている状態で、女性陣は一カ所に固まってトランプをしているところだった。


「ちょっと男子―っ! あんまりジロジロ見ちゃダメだからね! 特に小日向ちゃんは杉野くんだけしか見ちゃダメっ!」


「あいあい~。っつっても、その小日向ちゃんはいないみたいだけど?」


 きょろきょろと周囲を見渡しながら、高田が言う。


 ふむ……部屋の中央には鳴海、黒崎の他、高田の班員が二名か。そして出迎えてくれた今井を入れても五名――だが、広げられているトランプを見るに、六人で遊んでいたことが窺える。


 つまり小日向はほんの少し前までこの場にいたということ――あ、いたわ。


「たぶんあそこだろ。少し膨らんでる」


 俺の視線の先には、敷かれている他の布団に比べるとほんのわずかにふわっと盛り上がっている掛布団。おそらく彼女はあの中にいるはず。


「いやいや、さすがにアレは人が入っている膨らみかたじゃないでしょ」


 姫路がすかさずツッコみを入れてくる。どうやら彼はまだ小日向のスモールさを甘くみているらしい。俺は女子のニコニコした視線にかまわず布団に近づき、膝を突いてから布団の上部をめくり上げた。


 すると――、


「うぉっ!? ビビった――あぁあああああ!?」 


 にょきっと布団から飛び出してきた小さな手に腕を掴まれ、普段の小日向からは想像できないような力強さで布団の中へ引き込まれる。


 わずかに差し込む光のおかげで、薄暗くなっている布団の中で楽しそうにふすふすしている小日向の表情を確認することができた。小日向は真上を見ている状態で、俺はそれを四つん這いで見下ろしているような状況。上下が真逆だから、俺視点で言えば小日向の口が上にきているような感じだ。


「小日向、みっけ」


「…………(コクコク!)」


 そうです! 私が小日向さんです! と言った様子で、小日向は元気に頷く。そしてご褒美のつもりなのか、彼女は俺の後頭部に手を回して、おでこにキスをした。次に、俺の唇に自分のおでこを押し付けてくる。


「……あのですね、見えてなけりゃなんでもやっていいってわけじゃないんですよ?」


 小日向の耳元で呟くと、彼女はくすぐったそうに身をよじる。浴衣がはだけかけていたので、俺は無言でそれをなおした。他の男共に見られるわけにはいかんからな。


 しかし……この布団から出るの、すごく嫌だなぁ。皆の視線が怖い。


 現状、俺は頭隠して尻隠さずの状態なので、とりあえず小日向の布団にお邪魔して方向転換。小日向と同じ向きに身体を反転させてから、カメのごとく顔だけ布団からひょっこり出してみた。


 すると目の前には、スマホをこちらに向けている鳴海の姿。その背後には、ニコニコとした黒崎の他、今井を含む三名の高田班女子。ちなみに景一たちは少し離れた場所でトランプをしていた。裏切り者め……。


「あ、杉野はそのままの体勢で。小日向ちゃんも顔出してくれる?」


「……なんで?」


 首を傾げると同時、俺の顔のすぐ横から小日向の頭がにょきっと生えてくる。そしてスマホが向けられていることや女性陣の視線など気にする様子もなく、彼女は俺の頬に頬ずりをしてきた。とても可愛いが、状況を考慮してほしい。


 そしてそのタイミングで、パシャリ。


「うぉ……我ながらベストショット――これは危険度レベル7かも」


 意味のわからないことを言っている鳴海――彼女は鼻を抑えながら後ろにいる黒崎にスマホの画面を見せたのだが、見せられた黒崎はというと、笑顔のまま受け身もとらず後ろにバタンと倒れてしまった。


 布団が敷いてあってよかったですね。



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