第167話 女子部屋にて
倒れた黒崎はそのまま寝かせているのだが、呼吸と心臓ぐらいしか動いていない彼女を除いたとしても、この場には十名の人間がいる。はっきり言って多い。
一度トランプをしてみたけれど、ババ抜きなんてしようものなら初期の手札は滅茶苦茶少ないし、人数が多いからなかなかそろわない。七並べはパスの連続だ。
というわけで、遊びはせずに談笑――となったのだけど、男子四人はともかく、女子五名を前にして俺が楽しくおしゃべりなんてできるはずもない。しばらく相槌だけでその場をしのいでいたのが、途中でぐいぐいと浴衣を小日向に引っ張られて、俺は再度布団の中に入ることになった。
ちなみにその光景を見ても周りのクラスメイトたちは「どうぞどうぞ」と言った雰囲気である。まぁ変にからかわれるよりはマシか。
「あのね小日向、そんなに引っ張ったら浴衣が脱げちゃうだろ?」
「…………(ふすふす)」
遠回しに自重するように促してみたが、彼女はニコニコしながら俺の服の中をのぞき込んだりしている。はだけるまでもなく見られてしまった……まぁ一緒に風呂に入ったことがある時点でいまさらだけども。はしたないので止めなさい。めっ!
で、現在俺たちはお腹のあたりまで布団をかけて仲良く横になっているわけだけども、身に着けている物が浴衣であることぐらいしか普段と変わりはない。あとは、周囲にクラスメイトがいるということが大きな違いか。
しばらく二人で天井を眺めながらぼうっとしていたのだけど、やがて小日向がもぞもぞと身体を動かし始めた。というか俺の上に乗ってきた。軽いからいいんだけどさ、状況考えようぜ。
「ねーねー、ちなみに小日向ちゃんは杉野のどんなところが好きになったの?」
俺がどうやって小日向を説得し元の位置に戻そうかと考えていると、鳴海は俺たちが重なりあった状態であることを気にもせずそんな風に問いかけてきた。
そして問われた小日向はというと、よくぞ聞いてくれましたとでも言いたげに強くふすーと息を吐く。枕元に置いてあったスマホを手に取ってポチポチ。
「ふむふむ……『全部!』かぁ。具体的にいうとどんなところ?」
ポチポチ。
「かっこいい、やさしい、包容力がある、指が綺麗、照れると可愛い、いっぱいキスしてくれ――キス!? え!? まだ二人は付き合ってないって言ってなかった!?」
もう止めて……俺は灰になりそうだよ。恥ずかしくて死にたくなるって気持ちがわかった気がする。
「おでこ、おでこだから」
炎天下に晒されたように熱くなった顔を両手で覆いつつ、俺は絞り出すように弁明の言葉を紡ぐ。もうお部屋に帰りたいです。
俺の言葉に「キャー!」だの「うぉー!」だの反応するクラスメイトたち。まさに思春期のリアクションだ。できれば俺もそちらにまじってキャーキャー言いたかった。いつか絶対やり返してやろう。
騒いでいる奴らはいったん放置しておくことにして、俺は手で顔を覆ったまま、指の隙間からニンマリした笑顔を浮かべている小日向を見る。
「おい小日向――そういうことは二人だけの内緒にしておかなきゃダメだぞ」
俺がそう言うと、彼女は唇を尖らせてからスマホを操作。
『自慢したかった』
「その気持ちはわからんでもないけど、俺が羞恥心で潰れる。頼むから勘弁してくれ」
『なんでもする?』
「するする。小日向様の言う通りにしますからこれ以上俺を苛めないでください」
投げやりにそう返事をすると、彼女はむふーと満足げに息を吐く。小日向の思うつぼな気がするけど、俺は一刻も早くこの場の雰囲気をどうにかしたいのだ。悪魔にだって魂を売ってやるさ。
仕方なくといった様子でのそのそと布団から抜け出した小日向は、布団の中にいる俺の隣に正座して、スマホをポチポチ。
『智樹、怒った?』
スマホの画面を確認したあとに、小日向の顔を見てみると、彼女は少し申し訳なさそうな表情を浮かべていた。暴走してしまった自覚はあるらしい。
本当にもう……そんな顔している奴を怒れるわけないじゃないか。
「別に怒ってない――恥ずかしいだけだ」
自分でも拗ねたような口調になっているのはわかっているけど、どうにもならなかった。
顔を倒して小日向の顔から視線を逸らすと、彼女は俺の頭をいたわるようにスリスリと撫でてくる。
――ぐっ……小日向としては俺を慰めてくれようとしているのだろうけど、余計に恥ずかしくなっていることがわからんのか! いったい何個の眼が今こっちを向いていると思ってるんだよ!
「……智樹、俺たち席外したほうがいい?」
「すみません……本当にすみません――っ! 起きるんで勘弁してください!」
景一の言葉で我に返った俺は、即座に身体を起こし土下座の体勢に。額を枕に押し付けて謝罪の言葉を口にした。
あー……初めからこうして布団から抜け出しておけばよかったのか。こんな簡単なこともわからないぐらいに、俺は混乱してしまっていたらしい。
そして冷静になった俺は、小日向に対して「なんでもする」と言ってしまったことを、早くも後悔し始めるのだった。
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