第168話 KCC一同「「「ようこそ」」」
日付は変わって、修学旅行二日目。
昨晩は男部屋に戻ってからも学生らしく恋バナを継続した。俺も小日向との出会いのきっかけなどを突っ込まれたりしたが、主な話題は高田の恋愛についてだった。
こいつは中学二年の頃から付き合っている彼女がいるらしく、もうすぐ付き合い始めてから三年になるとのことだった。現在は別々の高校に通っており、一ヶ月近く会わないこともあるらしいのだが、それでも問題なく関係は継続しているらしい。
毎週土日にお泊まりして、顔を合わせない日がないようにしている俺たちとは大違いだ。いや、そもそもカップルとカップル予備軍を比べること自体間違っているのかもしれないが。本当に俺たちって異端だな。
閑話休題。
クラスごとに集まって朝食をとってから、俺たちはゼッケンのついたスキーウェアに着替えてゲレンデへ移動。クラスごとにウェアの色も違うようで、俺たちは水色を割り当てられた。
相変わらず何を着ても似合う景一――そして、鳴海と黒崎はスキー経験ありという事前情報があったからか、なぜか俺と同じ服装のはずなのにバッチリ着こなしているように見える。
――で、小日向はというと、モコモコしていた。
身長がちっちゃいせいか、彼女が普段の服より分厚いウェアを着ると体積の増加量が俺たちとは大違いで、毛刈り前の羊みたいな感じだ。ちなみに本人はペンギンの真似をして両手をパタパタしていた。
班員同士でお互いのスキーウェアの感想を言い合った後、俺たちはインストラクターと合流。
担当してくれる女性のインストラクター――時田さんの前で膝を抱えて座り、俺たちは滑る上での注意点や本日の流れを聞いていた。
時田さんは他のインストラクターと同じく赤いウェアに身を包んでおり、外見は静香さんに似ているが――どこかポンコツ臭がしている気がする。赤茶色のロングヘアで、身長はおそらく百六十ぐらいだろう。
彼女は俺たちの緊張を和らげるためか、自己紹介の際に「二十六歳独身――彼氏募集中です!」だなんて言っていたけれど、俺の隣に座る小日向から思いっきり睨まれていたことに、はたして彼女は気付いているのだろうか。強めのふすーは、おそらく威嚇の意味があるのだろう。
「ではこの班の経験者は鳴海さんと黒崎さんですね。お二人とも、お友達が困っていたらサポートをお願いします」
「「はーい」」
「ありがとうございます。だけど、皆さんがどれほどできるかわかりませんので、みんなで一緒に基本のおさらいをしましょうね」
時田さんが優しい声音で言う。
まぁしょっぱなから別行動しても班の意味がないしな。離れたところにいる他の班も俺たちと同じように固まっているところを見るに、これは事前に決められていた流れなのだろう。
「景一は滑れそう?」
「さぁ? 個人的にはこのスキー板よりスノボーをやってみたかったけど、初心者には難しいのかもな」
「スノボーとスキー板の二種類用意したら、指導量も二倍になるからじゃないか?」
「それもあるかぁ。まぁ初日だししょうがないか」
男同士でそんな会話をしながら、説明を受けた通りに足にスキー板を装着する。
雪に手をついてゆっくりと立ち上がってみると、足首の可動域が狭すぎて不安になる感じだった。いつでもどこでも転べそうである。
怪我したら嫌だなぁと不安になっている俺のもとに、スキー板を装着し、歩き方のペンギン度の増した小日向がペンペンとやってきた。彼女も俺や景一と同じく初心者のはずだが、スキー板を装着しているのにも関わらず、こちらへ向かってくるスピードは普段と大差ない。
後ろでは鳴海と黒崎が小日向に拍手を送っていた。上手に歩けて凄いですね~って感じだろうか。
「なんか小日向は転ぶ気配がないな」
「…………(コクコク!)」
「相変わらず運動に関しては万能だよなぁ」
苦笑しながら言うと、彼女は腰に手を当てて胸を張る。ふすーと息を吐くのも忘れない。
あまりの可愛さに思わず頭を撫でていると、インストラクターの時田さんがスイスイとこちらに滑ってきた。彼女は俺たちのすぐ近くで停止すると、「ねぇねぇ」とまるで友達にでも話しかけるような雰囲気で声を掛けてくる。
「すごく仲が良いみたいだけど、君たちってもしかしてカップル? 付き合ってる感じ?」
好奇心を前面に押し出したような表情で問いかけて時田さんに対し、俺は首を横に振って「違いますよ」と返答――したのだけど、隣の小日向はコクコクと頷いていた。またこのペンギンは先走りおって……。
「ほう……つまり小日向は俺と付き合っていると言いたいんだな? じゃあもう告白する必要はないってことか、なるほどなるほど」
最近してやられてばっかりだったので、俺は少しばかり小日向をいじめたくなった。
好きな子をいじめたくなるってこういう心理なのかなぁと考えつつ、俺はさらに「てっきり小日向はこういうのを大事にすると思ってたんだけどなぁ」と残念そうに続けた。
すると小日向は一瞬キョトンとした表情を浮かべたのち、慌てた様子で時田さんの方を向くと、勢いよく首を横に振りはじめる。あからさまに必死になっている様子がとても可愛い。
精一杯時田さんに向けて付き合ってないアピールをした彼女は、パタパタとこちらに接近して正面から抱き着いてくる。頭をぐりぐりすることも忘れない。
「はいはいごめんごめん。意地悪しちゃったな」
「…………(コクリ)」
俺の胸に頭を押し付けながら頷いた小日向は、その姿勢のまま深呼吸をしている様子。頭を撫でながら周囲を窺うと、鳴海と黒崎はスマホをこちらに向けて構えており、景一はやれやれと言った様子で腰に手を当てていた。
そして、インストラクターの時田さんはというと――、
「……なに? この感情、私、知らない。あれで付き合ってない――? 嘘でしょ」
うわ言のようにそんな言葉を漏らしながら、彼女は真っ白なゲレンデにウェアと同じ色のシミを作り始めていた。
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