第117話 やだ
小日向の浴衣姿の写真が欲しい――生徒会の要望はそんなものだった。
小日向に恋愛の情を抱いている俺にはその気持ちが痛いほどわかるし、KCCというヤバいネーミングをするような奴らならば欲しがるのも無理はないと思う。
なんなら俺もスマホの待ち受けにしようと考えているぐらいだし。
年上二人からの必死の懇願を受けた俺は、結局「小日向に聞いてみます」と返事を後回しにすることでその場をしのいだのだけど、彼女たちはもう写真を貰えることが確定したかのようにお祭り騒ぎだった。その辺に置いていた書類らしきものに血が飛び散っていたけど、あれ、大丈夫なんだろうか。
ま、それはいいとして。
小日向と教室で合流した俺は、彼女とともに放課後の時間を過ごしていた鳴海と黒崎に「また明日」と声を掛けて、帰路についた。あの二人、やけに肌がつやつやになっていたけれど、まさか化粧でもしていたのだろうか? これから家に帰るだけだろうに。
小日向が化粧したらどうなるんだろう……そのままでも上限に達しているぐらい可愛いから、これ以上となると想像がつかないなぁ。
なんてことを考えつつ、手を繋いで歩道を進んでいると、小日向が俺の脇をつついてから首を傾げる。まぁそりゃ何の話か気になるよな。
しかし……なんと説明したものか。
「――家に着いてから話すよ。別に悪い話じゃなくて、お願いを聞いて欲しいって感じだから」
俺がそう言うと、小日向は「ほへ~」と言ったような表情で口をポカンと開ける。可愛い。
「小日向は鳴海たちと何を話していたんだ?」
今度はこちらから質問をしてみると、小日向は俺を見上げて口の端を吊り上げる。小日向がスマホを取りだしたので立ち止まると、彼女はポチポチと画面を操作。
『男の落とし方を教えてもらってた』
「……あいつら、小日向に何を吹き込んでんだよ」
というか既に奈落の底にいるよ。もう落ちまくってるよ。これ以上落としようがないよ。
軽くため息を吐いてから、「ちなみにどんなこと言ってたんだ?」と聞いてみると、彼女はふすふすと鼻を鳴らしながら俺の正面に立ち、目だけ動かしてこちらを見上げる。
五秒間ぐらいそのまま見つめ合っていると、小日向は首を傾げながらスマホをポチポチ。
『奥義上目遣い、智樹に効かなかった』
上目遣いって奥義に分類されてたんだー、知らなかったなー。
「俺とお前は身長差があるから、普段からわりと上目遣いだぞ」
もちろん上を向いて顔ごと向けてくる時のほうが多いけど、俺としてはどちらかというとこちらの方がやばい。なんとなく、キスをせがんでいるように思えてしまうからな。
普段から俺に奥義をぶちかましていると知った小日向はというと、スマホをポケットに戻してから、手のひらにぽんと拳を落とす。納得してくれたらしい。
なんだか小日向の様子を見る限り、鳴海たちからもたらされた情報はこれだけじゃないような気がするんだよなぁ……。変なこと話してないといいけど。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マンションに帰り着いてから、俺はさっそく小日向に本題である生徒会の要望について話すことにした。
帰宅しながらどう説明しようか考えたのだけど、正直にいって難しい。
あまり小日向に嘘を付きたくないのだけど、KCCという団体がいることは小日向に伏せておいたほうがいいと思うのだ。
「生徒会長さんが、浴衣姿を見てみたいんだと」
というわけで、『KCC』ではなく『生徒会長』が欲しているということにして、正直に話してみることにした。会長には妹がいて~とか、自分の浴衣の参考に~とか色々考えてみたのだけど、嘘は嫌だったのだ。
俺の話を聞いた小日向は、唇を尖らせてむすっとした表情になってから、
『やだ』
という短い文章を俺に見せてきた。
まぁ関わり薄い人から浴衣姿を見たいなんて思われたら嫌がっても不思議はないか。会長たちには悪いが、本人が嫌がっている以上、俺は彼女を無理に説得しようとは思わない。
この話はなかったことにさせてもらおう。
「そっか、じゃあこの話は終わりだ。変な話をして悪かったな――まぁ友人でもない人に浴衣姿の写真を渡すなんて嫌だよな」
小日向に罪悪感を抱かせぬよう、彼女の気持ちに同調するようにそう言うと、彼女は不思議そうに首を横に倒す。
『私の? 智樹のじゃなくて?』
「なんで俺のを欲しがるんだよ……どこに需要があるんだそれ」
『私は欲しい』
「……そりゃどうも」
照れるよ。本心から言っているのがわかるから余計にだよ。
その後、小日向は『私のなら別に良い』と言って、ふすーと息を吐く。どうやら彼女は俺の浴衣――もとい、甚平姿の写真を他の人に渡すのが嫌だったらしい。
たしかに、会長が男だったら俺も小日向の写真を渡すのをその場で拒否していただろうなぁ……。これが独占欲か。
小日向の浴衣姿が出回るのも嫌だし、会長のスマホから流出しないことを条件にしておくべきだな。そうしよう。
「祭りだし、お面とかも売っているだろうから、それつけて撮ろうか。たぶんあの人ならそれだけでも十分満足すると思う」
というかこれぐらいしないと、本当に会長たちの命が危険にさらされてしまう気がする。
彼女たちにとって、小日向は合法麻薬みたいなものだろうからな。
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