第116話 さすが会長



 水曜日。

 授業が終わり、現在は掃除の時間だ。


 俺は教室の掃き掃除を担当していて、景一はトイレ掃除。小日向は黒板周辺の掃除をしている。席替えと一緒にこの掃除区域も変更になったのだけど、担当する場所は違うとはいえ、同じ教室内で掃除の時間を過ごせるのはやはりうれしい。


「小日向ちゃん手際いいねぇ!」


「…………(コクコク)」


 手際もなにも、小日向は黒板消しを窓の外で叩いているだけなのだが。さすがは学園のマスコット――一挙一動が賞賛に値するらしい。


 まぁそのクラスメイトの女子も、小日向を褒めたたえることで掃除をさぼっているわけではなく、窓から顔をだしてパスパスと黒板消しの汚れを落としている小日向のすぐ横で、彼女の腰をしっかりと支えている。もし小日向がひとりであんなことをやっていたら、たぶん俺が支えに行っていただろう。危ないからな。


 俺の視線に気づいたその女子は、こちらに向かってひっそりと親指を立てる。「小日向ちゃんは私が見ているから安心しな!」と言っている気がした。


 ありがとうの意味を込めてこちらも親指を立てたところで、校内放送を知らせるチャイムが響く。


 どうせ委員会やら部活関連の放送だろう。そう思っていたのだが、


「二年C組杉野智樹くん。二年C組杉野智樹くん――放課後、生徒会室まで起こしください」


 まさかの名ざし――というか俺じゃん。

 生徒会室への呼び出しとか――嫌な予感しかしない。百パーセント小日向関連だろ。


「……まじかぁ」


 スピーカーに目を向けながら呟いていると、すぐさま両手に黒板消しを装着した小日向がこちらにテコテコと歩いて来て、コテリと首を傾げる。


「いや、俺も理由はわからん。先に帰っててもいいけど、どうする? 待ってるか?」


 そう聞いてみると、彼女は近くに待機していた女子に黒板消しを手渡してから、スマホを操作。


『一緒に行く』


「それは止めたほうがいいと思うなぁ」


 絶対生徒会としての呼び出しじゃなくて、KCCとしての呼び出しだと思うし。

 ダメなのかー、としょんぼりとしてしまった小日向は、『じゃあ待ってる』と書いたスマホを俺に見せたあとに、再びポチポチ。『早く帰ってきてね』と。


「……おう」


 あまりにも可愛くてそんな返事しかできなかった。新婚かよ。

 女子から黒板消しを受け取り、掃除に戻る小日向を見送っていると、俺たちと同じく教室内の掃除を担当している鳴海と黒崎が小日向と入れ替わるようにやってきた。


 何かやっちゃったのー? とか、杉野くんも大変だねーとか。そんな軽いテンションで話しかけてきたのだけども、途中から「会長の願いは聞いてあげてねー」や、「すっぽかしたりしたらダメだよー」などなど。


 彼女たちは目の奥に怪しい光を宿し、まるで俺が呼び出しを受けた理由をすでに知っているような口ぶりで話していた。


 まさかこいつらもKCCの会員で、生徒会とグルだったり――しないよな?



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「よくきた杉野二年。我らの救世主よ」


 いや別にあんたたちを救った記憶はねぇよ。


 放課後――生徒会室に入るなり、俺は斑鳩いろは生徒会長にそんなよくわからない言葉を掛けられた。相手は上級生なので、礼儀としてツッコみは口に出さず心の中に留めておく。


「もうその感じで理解しちゃったんですけど、小日向関連の話ですよね?」


「良くお分かりですね。さすがは神の使徒」


 俺の問いかけに回答したのは、白木倫副会長。会長と同じく狂っている生徒会メンバーのひとりだ。


 どうやら俺は彼女たちの中で救世主であり神の使徒であるらしい。どこのファンタジー漫画だよ。


 空いた席に座るよう促されたので、以前生徒会室を訪れた時と同じ席――向かい合うように三つずつ並んだパイプ椅子のうち、左側の真ん中の席に腰を下ろした。白木副会長が冷たい麦茶を出してくれたので、俺はお礼を言ってから喉を潤す。


「まずはおめでとうと言わせてもらおう。小日向たんとの想いがようやく通じ合ったようだな」


「おめでとうございます。付き合ってはいないようですが、両想いであることはようやく認識できたようですね」


 ……怖いよ。

 なんで知ってるんだよこの人たち。


 教えるタイミングがなくて、まだ景一や冴島にすら話していないというのに。


「なにも不思議に思うことはない。我らはKCC――『小日向たんちゅきちゅきクラブ』の会長と副会長だぞ? 神の表情を見ればその程度、一目瞭然だ」


 斑鳩会長は、腕組みをしてソファの背もたれに寄りかかる。自慢げな表情だ。

 それ、はたして自慢できることなのだろうか。


「はぁ……ありがとうございます。それで、要件はなんでしょうか?」


 こちらとしては小日向に『早く帰ってきてね』と言われているのだ。


 景一と冴島は二人で遊ぶようなので先に帰っているけど、鳴海と黒崎が教室で駄弁っているようだったので、現在小日向はそこに混じっている状態である。


 なるべく早く小日向と合流し、俺の住むマンションでのんびりとしたいんだがなぁ。


「うむ。今回杉野二年に来てもらった理由はただ一つ――小日向たんの浴衣姿の写真を、我らに供給してほしいのだ――おっと、いつの間にか机に血だまりが……」


「土下座、靴を舐める、お望みとあらば足の指を一つずつ丁寧にしゃぶって見せましょう。おっと、何やら目まいが……」


「怖いよ! 怖いよあんたたち! 鼻血吹き出しながら何を言ってんだよ!」


 もう完全にホラーだよ! 鼻血ドバドバ流しながら真面目な顔して喋る会長もヤバいし、白木副会長にいたっては足の指をしゃぶるとか言ってるし!


 彼女たちがなぜ花火大会に行くことを知っているのかは、深く考えないことにした。


「これでも我々は自制しているのだ。別荘旅行での水着の写真は我慢しただろう?」


「知らねぇよ!」


 何が「我慢しただろう?」だよ! というかなんで旅行のこと知ってるんだよ!

別に隠してたつもりはないけど、いつの間にか伝わってたらやっぱり怖いわ。


「もちろん、小日向たんの水着姿はさすがに危険すぎたというのも理由の一つではある。心肺停止の恐れがあったからな」


「私は妄想した段階で気付けば救急車の中でした」


「はっはっは! 考えが甘いからそうなるのだ。私はそれを考慮して病院でナースコールを押しながら妄想したぞ」


「さすが会長」


 やべぇやつらだ……小日向を連れてこなくて本当に良かった。悪影響しかないぞこの人たち。


「本題から逸れてしまったな。というわけで頼む。脱げと言われたら脱ぐぞ」


「会長、それは小日向たんの不興を買う可能性が非常に高いと思われます」


「ふむ……たしかにそれもそうだ。しかしそれを言うのなら、足をしゃぶるのもあまりよくないだろう?」


「やはり土下座が一番でしょうか」


「そうだな。それがいいだろう」


「いやなにも良くねぇから! 会長は立ち上がろうとせんでいい! 副会長も膝を突こうとせんでいい!」


 彼女たちはとくに躊躇うそぶりも見せずに土下座の姿勢へと移行し始めていたので、俺は慌ててそれを止める。



 はぁ……早く小日向に会って癒されたい。


 小日向のおかげで女性と話すのはわりと平気になっているけど、この生徒会室は別の意味でやばいからな。

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