第22話 帰り道 招き猫
ボーリング、ゲームセンターで学生らしく遊んだ俺たちは、付近にあるファミレスで夕食をとった。娯楽施設に近いからか、この場所でも学生らしき同年代の人を多く見かけた。学生の考えることはだいたい一緒ってことか。
だらだらと駄弁りながら四人で食事をしていると、あっという間に時刻は夜の七時。
明日からまた学校だし、あまり遅くなってもよろしくない――ということで、俺たちは高校生らしくまだほんのり明るい時間にそれぞれの家に帰宅することになった。
冴島と景一の二人と別れ、俺は小日向と二人きりで夜道を歩く。
風は涼しく、太陽はすでに地平線に沈んでいった。
俺は明け方とか、こういう日没の時間が好きだったりする。なぜかわからないが、心が落ち着く時間帯なのだ。
「というわけで、ほい」
俺は脈絡なくポケットから親指サイズ猫のぬいぐるみが付いたキーホルダーを取りだし、自分の手の平の上に乗せて小日向が見やすいように配置する。
数は二つで、それぞれ三毛猫とロシアンブルーっぽいグレーの猫だ。どちらも招き猫みたいなポーズをしていた。
小日向は猫二匹をジッと見つめたあと、俺を見上げてから首を傾げる。
「ゲームセンターでバラバラになってクレーンゲームしてた時間があっただろ? あの時にゲットしてたんだ」
小日向は再度猫たちに目を向ける。興味深々と言った様子だ。
「試しに百円入れたら、運良く二つ取れたんだよ。俺ってこういうのあまり付けたりしないから、正直困っちゃってな。良かったら貰ってくれないか?」
俺がそう言うと、小日向は勢いよく首を縦に振る。
実のところ、投入した金額は百円どころではないのだが、どうやら嫌いってわけじゃなさそうだな、良かった。
なんとなく小日向が好きそうだから……という安直な憶測が理由でゲットしたのだけど、粘った甲斐があったってもんだ。
しばらくの間猫を見つめていた小日向は、やがて自らの小さな親指と人差し指で、輪っかになった金具部分をつまんで持ちあげる。宙に浮かび上がったのはグレーの毛並みの猫だった。
「別にどちらか一つだけじゃなくて、二つともやるぞ?」
俺がそう声を掛けると、彼女は顔を横に振る。どうやら二つ目はいらないらしい。
しかし……困ったな。小日向が貰ってくれなかったら、この猫はいったいどうすればいいんだ? そのことをまったく考えていなかった。
「そうかぁ……だったらこの三毛猫は冴島か、朱音さんか、店長あたりにやるか」
たぶん誰か一人ぐらいは「欲しい」と言う人がいるだろう。もし全員が拒否したならば、景一の通学バッグにこっそり付けておこう。
手の平に取り残された三毛猫を眺めながらそんなことを考えていると、ぺチ、と腰辺りを叩かれた。犯人は言わずもがな、小日向である。
「ん? やっぱりいる?」
小日向は顔を横に振る。違うらしい。
「……となると、人にあげるのがダメ――ってこと?」
コクコクと、小日向は頷く。
なぜ自分はいらないと言っているのに、人にあげるのはダメなんだ。そんなこと言われてしまえば、この三毛猫の行き場がどこにもなくなってしまい、俺の手から離れられなくなってしま――あっ。
「つまり、この三毛猫は俺が使えと?」
その通り! そう言いたげに、小日向は首をブンブンと縦に振る。マジかよ。
「……いやぁ、あのですね小日向さん。この可愛らしい猫ちゃんは、悪評ばかり広まってる俺が使ったら、不気味すぎやしませんかね」
暴行、恐喝と噂のある俺が、可愛らしい三毛猫のキーホルダーを身に着ける――やっぱり怪しくないか?
しかし小日向は、そんなことない! と、首を横に振る。
「さいですか……ま、部屋に飾っておくだけなら誰かに見られる心配もないし、別にいいけどさ」
せいぜい家に遊びにきた友人たちにツッコまれる程度だろう。
ため息交じりにそう言うと、再び彼女は俺の腰をぺチと叩く。
「え? もしかしてそれもダメ?」
小日向は大きく一度頷く。なんだか今日は押しが強いな。
別にまくし立てられているわけじゃないから、まったく気分が悪くなったりはしないんだけど。脈拍数的にはよろしくないが。
小日向はポシェットからスマホと取りだして、ポチポチと何かをうち始める。
なんだか判決を言い渡される被告人になった気分だ。もちろんそんな経験はないんだけども。
で、こちらに向けてきたスマホの画面を見てみると、
「それって学校の――ってことだよな?」
記されていた文字は『バッグ』の三文字。
まさかこの小さなお嬢さんは、俺の通学バッグにあの可愛らしい猫ちゃんを付けろとおっしゃっておられるので?
少し落ち着かない様子で視線を俺の足元に向けた小日向は、俺の疑問の言葉に対し小さく顎を引いて肯定の意を示す。こころなしか、小日向の耳は赤くなっているように見えた。
これは……あれか。彼女的には『パパとおそろいだ~』みたいな感じなのだろうか。
もしそうだったとすると、父親を亡くしている彼女の心境を考えれば強く否定することは難しい。余計な気づかいなのかもしれないけれど、その事実を無視することはできなかった。
「……わかった、わかったよ。だけど、小日向もそのキーホルダーどこかに付けるんだろ? おそろいの物を身に着けていたら、カップルだって勘繰る奴が出てくるかもしれない。俺は変な目で見られることに慣れているから、いまさらって感じだけど」
奇異の視線の他に、俺の場合は小日向のファンに刺される心配はしておかなければいけないが。腹に漫画でも仕込んでおいたほうがいいかもしれない。
俺の自虐混じりの発言に、彼女はゆっくりと大きく顔を横に振った。そしてスマホに『平気』と打って俺に見せてくる。
そういえば、俺は変な目で見られることに慣れているが、彼女はそもそも周りの視線自体をあまり気にしないタイプだったな。すっかり忘れていた。
「……はぁ、わかりましたよ小日向様」
俺がそう返答すると、彼女は満足そうに何度も頷いた。
しかし彼女が「平気」と言ったのは、『カップルだと思われること』、『変な目で見られること』……どちらに対してなんだろうな。
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