第23話 肩つん




「なぁ、もう一つの猫はもしかして小日向にあげたの?」


 月曜日、朝のHR前。


 景一は俺の机の横に引っ掛けてある通学バッグに目を向けながらそう言った。視線の先にあるのは十中八九、三毛猫のキーホルダーだろう。

 俺は普段バッグに装飾品なんて付けたりしないから、景一の目から見ても何か付属しているだけで違和感を覚えるのだと思う。


 実際に付けてみた感触としては、自分のバッグを見分けやすくなったし、悪くはないといったところだ。


 しかし景一め、こういう時にニヤニヤでもしてくれていたら、ぶっきらぼうに対応してやったというのに……なぜ感心したような顔をしてやがる。


「智樹もやるなぁ。ちょっと前までは女子とまともに話せなかったのに、今ではプレゼントまで渡すとは」


「まさか……どっかで見てたのか?」


「ん? クレーンゲームをしてるところは影から見てたけど、渡すところまでは見てないぜ。でもその様子だと図星なんだろ? 前のめりになって集中してたし、智樹はこういうの欲しがるタイプじゃないからな」


「景一、もしかしなくとも俺のファンだろ」


「まぁそういう側面はあるかもしれない」


「そこは否定しろよ! 恥ずかしいだろ!」


 誰かに聞かれたらまた変な噂がたつかもしれないだろ! 薄い本とか書かれちゃったらどうするんだ!? 需要があるとでも思ってんのか!?


 俺の大きめの声で言った言葉を、景一は「はっはっは」と笑って受け流す。何も考えていないようなお気楽な笑い声に、思わずため息が出た。


「はぁ……。いちおう言い訳をしておくが、俺としては二つとも小日向にやるつもりだったんだよ。だけど二つはいらないって」


 別に男子でキーホルダーやストラップを付けているのは別に珍しくもなんともないのだが、自分が付けると何故か奇妙な感覚がする。


 おかげで通学する時は、恐喝等の悪評の噂が流れている同学年はおろか、他学年からも奇妙な視線を向けられているような気がしたものだ。俺も小日向の無関心を見習いたい。


「あぁ、なるほど。で、余りを捨てるのも勿体ないから自分で付けた――と。でもそこが不思議なんだよなぁ。小日向とおそろいが良い……なんて、智樹は恥ずかしがって絶対言いそうにないし」


「うっせ。こっちにも色々あるんだよ」


 俺が付けているのは小日向が言ってきたからだ――なんて言ってしまうと、景一が彼女の気持ちを変に誤解してしまうかもしれない。それは小日向にとって良くないことだろう。


 なぜなら小日向の気持ちはきっと恋愛の情によるものではなく、近しい友人や家族に対するようなものだと思うから。


 俺が話を打ち切るような物言いをしたからか、景一はそれ以上ツッコむことはなく、「ふーん」と俺の顔を見ながら言うにとどまった。



 そろそろ小日向が来る頃だろうか――そんなことを考えながら、続々と登校してくるクラスメイトたちをぼんやりと眺めていると、やがて周囲に比べて一際小さい人物が教室に入ってきた。

 小日向は今日もたくさんの男女に「おはよう」と挨拶されながら、テコテコと自らの座席目がけて歩みを進めている。


 彼女が肩に掛けている通学バッグには、もともと付けていたウサギのストラップのほか、俺が昨日渡したグレーの招き猫も一緒にぶら下がっていた。

 自分ひとりだけ付けていたらどうしよう……なんてことを思ったりもしたけど、どうやら余計な心配だったようだ。


 安堵の気持ちで小日向を見ていると、彼女も俺のことを見た。そしてこちらを見たまま自分の席を通過し、テコテコと俺たちの元へ歩いてくる。朝の挨拶だろうか?


「おはよ、小日向」


 俺がそう言うと、あとに続いて景一も「おはよう」と小日向に声を掛ける。彼女は二度コクコクと頷いた。

 それから彼女はぐいっと身体を横に向けて、俺に通学バッグを見せつけるように前に出す。ふきだしを付けるなら、「つけたよ!」って感じか。


「はは、気に入ってくれたなら良かったよ」


 小日向は俺の言葉に対し、何度も首を縦に振る。勢いもいつもより激しい気がした。

 そして彼女は一歩前に進んで前かがみになった。どうやら俺の通学バッグを見ているらしい。


「俺も付けてるって。ほら」


 ちょうど小日向の死角になっている位置に猫がいたので、俺は指ではじいて彼女に三毛猫を見せる。


 すると彼女は俺のバッグに付いている三毛猫を指でつついたり、自分のバッグを近づけてお互いの猫同士をくっつけたりしはじめた。なんとなく気持ちはわからないでもないが、高校生らしい行動かと問われれば返答に困るところである。


 俺や景一――そして一部のクラスメイトに視線を向けられながら、ひとしきり猫同士にコミュニケーションを取らせた小日向は、ふすーと満足したように鼻から息を漏らす。


 そして彼女は俺の目をチラッと見たあと、なぜか俺の肩を人差し指でつん――とつついてから、自分の席に戻っていった。


「………………」


「………………」


 その小さな背を見送る俺と景一は、どちらも無言だった。否、固まってしまっていた。教室の中も、普段より静かに感じる。


 景一が何を考えているのかは知らないが、俺は小日向が去り際にした『肩つん』という行為の意味を必死に考えていた。心拍数が上昇しているためか、あまり冷静に物事が考えられない。


 いったん気持ちをリセットしなければ。


 そう考えて、何か他の話をするべく隣席の友人に目を向けてみると、景一は真顔で俺のことを見ていた。いつになく神妙な面持ちであり、こちらに発言をさせないような謎の圧力を感じる。


 それから景一は目をつむり、鷹揚に頷いたあとにぼそりと言った。


「付き合いたてのカップルじゃん」



 朝の教室に、「違うわ!」という俺の叫び声が響き渡ったのであった。

 



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