第225話 新婚さんかな?



 午後八時。粉雪が降り注ぐなか、俺たちは大人たちに車で送ってもらってそれぞれの家に帰宅した。それぞれとはいっても、俺と小日向が帰ってくる場所は一緒なのだけど。


 小日向の着替えはこちらに持ってきていたので、特に問題なくお互い風呂を済ませる。俺が先で、小日向が後から入ることになった。

 小日向が風呂に入っている間、彼女はわざとらしく脱衣室に繋がる扉を半開きにしていたけど、俺の理性はしっかりと仕事をしてくれた。覗かんぞ。


 で、現在は景品でゲットしたドライヤーで、洗面台の前に立つ小日向の髪の毛を乾かしているところだ。


 ウサ耳のついたパーカーを着ている彼女は、自分の髪のことなんかそっちのけで俺の顔ばかり見ている。鏡越しとはいえ、ずっと見られると照れるんだが……。


「あまり見られると恥ずかしいんだよ」


 ちょこちょこと視線を逸らしてしまう言い訳として、俺はドライヤーの音にかき消されないよう、彼女の耳元でそう話す。すると小日向は表情をニコニコしたものに変えたが、視線を逸らす気配はない。……髪を乾かすことに集中することにしよう。風呂上がりに変な汗はかきたくないからな。


 ドライヤーが終了したことを、彼女の頭をペチンと叩くことで知らせる。結局、ずっと彼女は俺の目ばかり見ていたな。そんなに見ていて楽しいもんでもないだろうに……。


 ドライヤーのコードを纏めていると、小日向はこちらに身体を向けてぐりぐりと頭突き。せっかく整えた髪の毛が暴れているが、彼女の髪質的にちょっと手で梳けば元通りになるだろう。


「よしよし……こっちよりリビングのほうがあったかいから、そっちに移動するぞ」


「…………(コクコク)」


「このまま?」


「…………(コクコク)」


「転ぶなよ?」


「抱っこしたら安全」


「むしろ危険だわ」


 唐突に喋るし内容はアレだし……。俺の心臓を破壊したいのかこのウサギさんは。

 転ぶとあぶないから、彼女を抱くような形で転ばないようにホールドして、ゆっくりとリビングに向かうことにした。小日向は俺の誘導に従い、トコトコと後ろ歩きで歩を進める。


 こたつの前に小日向を座らせてから、俺は自室からひとつの紙袋を持ってきた。これは以前会長から貰ったジグソーパズルである。千ピースだから結構な量がある。


 二人でとりかかるとしても数時間は必要になりそうなので、何日かにまたいで完成させる予定だ。段ボールを台紙代わりにして、その上にピースを並べていくことにした。


 こたつテーブルの上に段ボールとジグソーパズルの入った箱を置いて、俺は二人分の飲み物を用意するためにキッチンへ。


「じゃあ小日向、先にやっててくれ。ココアとミルクティーどっちがいい?」


 そう声を掛けると、彼女はスッと立ち上がってこちらにテコテコと歩いてきた。

「私も準備する」


「ゆっくりしてていいんだぞ?」


「二人でしたい」


 ふむ……ジグソーパズルを一緒にしたいのか準備を一緒にしたいのかは不明――いや、彼女の性格を予想すると両方ということも考えられるか。


 小日向が手慣れた様子で紅茶のティーパックとココアを戸棚から取りだすのを横目で見ながら、俺はケトルに水を入れてセット。彼女はマグカップ――『ともき』と『あすか』という文字が書かれたものを準備して、俺を斜め下から見上げてくる。


「智樹は何飲む?」


「んー、俺はココア気分かな」


「私もココア。一緒」


 そう言ってからふんふんと嬉しそうに鼻を鳴らし、小日向はスプーンでココアの粉をコップに入れていく。いちいち言動が可愛くて仕方ないなぁ。


 そして少しでも手持ち無沙汰になると、俺の腰辺りに手を置いてくるところがなんとも……少しでも好きな人に触れていたいのかなぁと惚気たことを考えたりしてしまう。


 試しに、俺もケトルが湧くまでの間、右隣に立つ小日向の肩に手を置いてみた。

 抱き着かれた。本当にこの子は行動に躊躇いがないなぁ。


「はいはいよしよし……シャンプーの匂いがする」


「智樹と一緒の匂い」


「そりゃ同じもん使ってるからなぁ」


 コアラ化している小日向の頭を撫でつつ、沸騰したお湯をマグカップにそそぐ。試しに口に含んで、甘さや濃さを確認していると――、


「智樹が『あすか』にちゅーした」


「コップの『あすか』な」


「浮気」


「コップに浮気ってなんだよ……というかこの『あすか』もお前みたいなもんだろ」


「『あすか』にちゅーしたのに私には何もない」


 そう言いながら、彼女は俺の口元におでこを近づけてくる。

 これまでの経験から逃げられないことを悟り、俺は苦笑して彼女の小さなおでこにキスをしたのだった。



 ※注:まだ付き合ってません

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