第226話 糖分過多な小日向さん




 小日向は勉強が苦手である代わりに、ボウリングだったり、卓球だったり、スポーツに関しては割と万能だったりする。それはこれまで小日向と遊んだりしたなかで気付いたことなのだけど、一緒に行動するようになって八ヶ月ほど――どうやら俺にはまだ彼女の知らない部分があったらしい。


「いったいお前の頭の中はどうなってんだ……」



 次々にテーブルの上に設置されていくピースを眺めながら、俺はそんな言葉を漏らした。

 小日向はその言葉を耳にすると、頭の上で手をパカリと開く仕草をする。いや、それで脳みそは覗けませんて。覗けたところでグロテスクなだけですよ。


「完成の絵すらない状態で、なんでわかるんだ?」


 小日向は楽し気に頭を揺らしながら、箱からジグソーパズルのピースを手に取り、二秒ほど眺めてからスッと設置。それはまるで流れ作業のようで、「これはどの部分だろう?」と考えている様子はない。


 まさか最初にふすふす鼻を鳴らしながらピースをかき混ぜながら眺めていたのは、それで全体像を把握したとかじゃ――さすがにないよな?


 小日向がせっせとピースを設置していくなか、俺は箱から一部が平らになったピース――絵の端にくるものを集めて、それがどこにくるのか必死に考えていた。どこかの室内っぽいことはわかるのだけど……どこだろう?


「なぁ小日向、お前これがどんな写真かわかってるんだろ? ヒントくれ」


「智樹と私」


「あの人からのプレゼントだし、なんとなくそうだろうなぁと思ってるんだけど……ほら、具体的な場所とかさ」


「わんちゅーわんヒント」


 小日向は小声でそう言うと、俺に頬を向けるように斜め上を向き、人差し指でちょんちょんと自らの頬を叩く。教えてほしければここにキスをしろということだろう。

 こいつはすぐに俺にキスさせようとしやがって――しかし、俺のキスにそんな価値があるもんかね……。


「そんなにキスされて嬉しいか~?」


「幸せ」


 さいですか……ならば従いましょうとも。従うというか、交換条件ではあるけども。

 足の間に挟まった小日向の顔をスッと左に倒し、俺は彼女の右頬に口づけする。嬉しそうに全身をプルプルと震わせた小日向は、「浴衣」という言葉を口にした。


「ほほう……浴衣か」


 となると、修学旅行のホテルの中だな。そう認識してから見ると、ピースの中にあるオレンジが、照明によって照らされた床や壁であることが予想できる。


 さらにピースの中に赤い物が見えたから、あれは卓球のラケットだと予想できた。たしか修学旅行の写真の中に、俺と小日向でラケットを構えながら撮った写真があったな……どうやら会長たちは、あれをジグソーパズルにしてくれたらしい。良いチョイスだと言わざるを得ない。


「はいはい……どの写真かわかったぞ。アルバムに閉じたから写真をとってこよ」


 完成絵を見ながらのほうがやりやすいだろう――そう思って立ち上がろうとすると、小日向が俺の服をつまんで待ったをかけた。


 顔を見てみると、小日向は下唇を突き出して不満顔を浮かべている。しかたなく元の位置に戻って、彼女の言葉を待ってみると――、


「ヒント、卓球」


 いやそれはもうわかってるんだけど……小日向的にはもうちょっと気付くのが遅くなって欲しかったようだ。「ほらヒント上げたんだから!」とでも言いたげに頬をちょんちょんと叩く小日向に従い、俺は苦笑しながら再度彼女の右頬に口を付ける。


「ヒント、修学旅行」


「はいはい……というか、俺たち修学旅行でしか卓球してないんだから、ヒントの順序は逆のほうがよかったんじゃないか?」


「智樹はどの写真かわかってない」


「ソウダナー、ゼンゼンワカラナイナー」


「だからいっぱいヒントだす」


 それは俺にいっぱいキスをしろと同じ意味ですよね小日向さんや。

 ふんすーと張り切った鼻息を出す小日向に、「男と女がいる」とか「服を着ている」とか「人間がいる」などというよくわからないヒントを次々に出されてしまった俺は、その回数と同じだけ、彼女の頬にキスをすることになったのだった。



 しばらくすると、ぽいぽいとジグソーパズルを埋めてくれる小日向のおかげで、写真を見るまでもなく全体像がつかめるほどにピースが机の上に並べられていた。ここに到達するまで、一時間かかったかどうかどいったところ。試しにネットで調べてみたところ、千ピースのパズルはだいたい六時間ぐらいかかるらしい。普通は。


 途中からは小日向が手加減してくれたようで、ペースを落として俺にもピースを埋めさせてくれている。終盤のピースがぱちりとはまる感覚は楽しいからありがたい。


 残るピースが片手で掴める量になったところで、小日向は完全に手を止めた。そして、甘えモードに移行。いやすでに甘えていたけれど、レベルが上昇した。


「君は本当に遠慮しなくなったね?」


 小日向は百八十度回転し、俺に抱き着くような形で太ももの上に乗っかっている。両手と両足でしっかりと俺にしがみつき、このまま俺が立ってもそのままくっついてきそうな感じだ。


 猫のようにぐりぐりと自らの頭を俺の側頭部にこすりつけて、たまに唇を俺の首筋にあてたりしている。ぜったいわざとだろ小日向。試しに「いまどさくさに紛れてキスしたろ?」と聞いてみると、ぶんぶんと首を振っていた。


 いつか学校でもこんなことをしはじめたり――しないよね?

 

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