第224話 ビンゴチート



「じゃあ私は野乃ちゃんと唐草くんを指名します!」


 その言葉に、俺の隣に座り、完全に他人事の雰囲気で笑っていた景一がピシリと固まる。ギギギというオノマトペがお似合いの動きで首を動かし、景一は少し離れたところにいる冴島のもとへ目を向けた。


「……だってきっかけがないとしてくれそうになかったし」


 冴島は、いままで俺が見たことのないような拗ねた表情で、斜め下を向きながらそんなことを呟いた。景一は後頭部を掻き、苦笑いを浮かべている。


 ふむ……二人の恋の進捗を聞いていなかったけど、俺が思っている以上にスローペースの恋愛をしていたらしい。まぁ恋の内容なんて人それぞれだし、何が正解だとかはわからないけど、平均より遅いことはたしかだろう。俺と小日向を見習え。


「大丈夫だ景一、じき、慣れる」


「智樹が言うと説得力あるなぁ……だけどさすがに人目があるところで口と口は嫌だぞ。智樹だってまだだろ?」


「ひ・み・つ」


 俺が茶目っ気たっぷり、ハートが語尾に付きそうな感じで言うと、景一は「うわぁ」と顔を引きつらせた。ひどい。


 おそらく景一はこの状況から逃げられるのなら逃げたいのだろうけど、冴島はこちらに近づいてきているし、周囲の人たちはニコニコしたり拍手をし始めたりしている。お互いに嫌がっているのなら問題かもしれないけど、たぶんこれは冴島が蛍ヶ丘女子に協力してもらって出来上がった状況だろうし、景一に我慢してもらえば何も問題はない。


 さて、あまり彼らを注視していてもキスしづらいだろうし、なにより俺も気まずい。そんなわけで、俺は右隣に座る願いが叶わなかった女の子に声を掛けることにしよう。


「一位取れなくて残念だったな」


 俺がそう言うと、小日向は真顔で一度こちらを見上げてから、視線をまた手元のビンゴカードに戻す。そしてカードをジッと眺めたのち、彼女は人差し指でプスプスとまだ呼ばれていない番号を開け始めた。というか、全部の欄に穴を空けた。自暴自棄になっちゃったのか?


『ビンゴ。キス』


 なんというスマートな意思の伝えかたでしょう。いやいやそんなことより、一位が取れなくても二位以下の可能性はまだあったのに……もったいない。


『一位以外は他の人に譲る』


「……本当にいいのか? ドライヤーとか、あれめちゃくちゃ高級そうだぞ?」


 その問いかけに対し、小日向は迷うことなくコクコクと首を縦に振る。そして俺の頬に向けて顔を近づけてきた。展開が速い!


 小日向は景品が取れる可能性を潰してしまったから……まぁ俺の頬を貸すぐらいなら安いもんか。頭の中でその結論に達した俺は、彼女がキスしやすいように、小日向の口元に自らの頬を近づけるのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 冴島と景一のキスは、ちょうど小日向が俺の頬に唇付けたのと同じタイミングだった。会長と副会長の二人は直後にしっかりと倒れていたから、おそらく彼女たちだけは景一たちではなく小日向と俺に目を向けていたのだと思う。他の人は口笛ではやしたてたり、拍手して二人を祝福していた。


 その後、ビンゴ大会はつつがなく進行し、なんと俺が二位の景品であるドライヤーをゲットしてしまったのだ。外箱にはキューティクルがどうだとか、イオンがどうだとか書かれているけれど、男よりも女子が当たるべきだったのでは? と、嬉しさよりも罪悪感が先行してしまった。小日向の髪に使うことにしよう。


 ちなみに景一はまん丸な狸のぬいぐるみを当てて、それを冴島にプレゼントしていた。そして冴島はというと、和牛をゲット。景一を家に呼んで家族と一緒に食べるんだと盛り上がっていた。


 その後は、参加者全員好きなように店内を動き回り、初対面の人もそうでない人も交流を深め、閉会の時間まで楽しい時間を過ごすことができた。


 外からメンバーを見た時はいったいどうなることか冷汗を流したものだが、終わりが近づくと名残惜しく思える。間違いなく数年後、数十年後でも、俺はこの日のことを思い出すだろう。


 八時に解散することになったので、残す時間は十分だけ。


 この後、小日向は俺の家に来て、二人きりのクリスマスイブを過ごす予定だ。まぁ本番は明日なので、今日はだらだらといつもの土日のようにお泊まりである。


 今日明日は、いつも以上に小日向の甘えが凄いことになるんだろうなぁ……。


「案外寝ちゃったりして?」


『今夜は寝かせない』


「どちらかというと男のセリフのような気がしなくもないが……小日向だと普通だな」




~~作者あとがき~~


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